・・・ 印度人の婆さんは、脅すように指を挙げました。「又お前がこの間のように、私に世話ばかり焼かせると、今度こそお前の命はないよ。お前なんぞは殺そうと思えば、雛っ仔の頸を絞めるより――」 こう言いかけた婆さんは、急に顔をしかめました。・・・ 芥川竜之介 「アグニの神」
・・・その時お君さんの描いた幻の中には、時々暗い雲の影が、一切の幸福を脅すように、底気味悪く去来していた。成程お君さんは田中君を恋しているのに違いない。しかしその田中君は、実はお君さんの芸術的感激が円光を頂かせた田中君である。詩も作る、ヴァイオリ・・・ 芥川竜之介 「葱」
・・・が、それよりもさらにつらいのは、そう云う折檻の相間相間に、あの婆がにやりと嘲笑って、これでも思い切らなければ、新蔵の命を縮めても、お敏は人手に渡さないと、憎々しく嚇す事でした。こうなるとお敏も絶体絶命ですから、今までは何事も宿命と覚悟をきめ・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・これには恵印も当惑して、嚇すやら、賺すやら、いろいろ手を尽して桜井へ帰って貰おうと致しましたが、叔母は、『わしもこの年じゃで、竜王の御姿をたった一目拝みさえすれば、もう往生しても本望じゃ。』と、剛情にも腰を据えて、甥の申す事などには耳を借そ・・・ 芥川竜之介 「竜」
・・・ 何処となく荒涼とした粗野な自由な感じ、それは生面の人を威脅するものではあるかも知れないけれども、住み慣れたものには捨て難い蠱惑だ。あすこに住まっていると自分というものがはっきりして来るかに思われる。艱難に対しての或る勇気が生れ出て来る・・・ 有島武郎 「北海道に就いての印象」
・・・のみならず、矢竹の墨が、ほたほたと太く、蓑の毛を羽にはいだような形を見ると、古俳諧にいわゆる――狸を威す篠張の弓である。 これもまた……面白い。「おともしましょう、望む処です。」 気競って言うまで、私はいい心持に酔っていた。・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・のみならず、矢竹の墨が、ほたほたと太く、蓑の毛を羽にはいだような形を見ると、古俳諧にいわゆる――狸を威す篠張の弓である。 これもまた……面白い。「おともしましょう、望む処です。」 気競って言うまで、私はいい心持に酔っていた。・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・初の烏、遁れんとして威す真似して、かあかあ、と烏の声をなす。泣くがごとき女の声なり。紳士 こりゃ、地獄の門を背負って、空を飛ぶ真似をするか。(掴ひしぐがごとくにして突離す。初の烏、どうと地に座す。三羽の烏はわざとらしく吃驚の身振地を・・・ 泉鏡花 「紅玉」
・・・初の烏、遁れんとして威す真似して、かあかあ、と烏の声をなす。泣くがごとき女の声なり。紳士 こりゃ、地獄の門を背負って、空を飛ぶ真似をするか。(掴ひしぐがごとくにして突離す。初の烏、どうと地に座す。三羽の烏はわざとらしく吃驚の身振地を・・・ 泉鏡花 「紅玉」
・・・お町の後から、外套氏は苦笑いをしながら、その蓮根問屋の土間へ追い続いて、「決して威す気で言ったんじゃあない。――はじめは蛇かと思って、ぞっとしたっけ。」 椎の樹婆叉の話を聞くうちに、ふと見ると、天井の車麩に搦んで、ちょろちょろと首と・・・ 泉鏡花 「古狢」
出典:青空文庫