・・・何でも皆が駈出すのに、俺一人それが出来ず、何か前方が青く見えたのを憶えているだけではあるが、兎も角も小山の上の此畑で倒れたのだ。これを指しては、背低の大隊長殿が占領々々と叫いた通り、此処を占領したのであってみれば、これは敗北したのではない。・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・ 自分の書斎に入って来たるは小山という青年で、ちょうど自分が佐伯にいた時分と同年輩の画家である、というより画家たらんとて近ごろ熱心に勉強している自分と同郷の者である。彼は常に自分を兄さんと呼んでいる。『ご勉強ですか。』『いや、そ・・・ 国木田独歩 「小春」
・・・ 土は、穴を埋め、二尺も、三尺も厚く蔽いかぶせられ、ついに小山をつくった。…… 六 これは、ほんの些細な、一小事件にすぎなかった。兵卒達は、パルチザンの出没や、鉄橋の破壊や、駐屯部隊の移動など、次から次へその注・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・上等兵は、ここで自分までも上官の命令に従わなくって不具者にされるか、或は弾丸で負傷するか、殺されるか、――したならば、年がよってなお山伐りをして暮しを立てている親爺がどんなにがっかりするだろうか、そのことを思った。――老衰した親爺の顔が見え・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・これより神の御山なりと思う心に、日の光だに漏らぬ樹蔭の涼しささえ打添わりて、おのずから身も引きしまるようにおぼゆ。山は麓より巓まで、ひた上り五十二町にして、一町ごとに町数を勒せる標石あり。路はすべて杉の立樹の蔭につき、繞りめぐりて上りはすれ・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・と、小山を倒すが如くに大きなる身を如何にも礼儀正しく木沢の前に伏せれば、丹下も改めて、「それがしが申したる旨御用い下さるよう、何卒、御願い申しまする木沢殿。」という。猶未だ頭を上げなかった男、胴太い声に、「遊佐河内守、それが・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・言われぬ取廻しに俊雄は成仏延引し父が奥殿深く秘めおいたる虎の子をぽつりぽつり背負って出て皆この真葛原下這いありくのら猫の児へ割歩を打ち大方出来たらしい噂の土地に立ったを小春お夏が早々と聞き込み不断は若女形で行く不破名古屋も這般のことたる国家・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・彼女は嫁いで行った小山の家の祖母さんの死を見送り、旦那と自分の間に出来た小山の相続人でお新から言えば唯一人の兄にあたる実子の死を見送り、二年前には旦那の死をも見送った。彼女の周囲にあった親しい人達は、一人減り、二人減り、長年小山に出入してお・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・塾で体操の教師をしている小山が届けてくれた。小山の家は町の鍛冶屋だ。チョン髷を結った阿爺さんが鍛ってくれたのだ。高瀬はその鉄の目方の可成あるガッシリとした柄のついた鍬を提げて、家の裏に借りて置いた畠の方へ行った。 不思議な風体の百姓が出・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・彼女は半分独りごとのように、「あの秩父のお山のずっと向うの方が、東京だよ。ずっと、ずっと向うの方だよ。東京は遠いねえ」 やがて新七もいそがしい中に僅かの暇を見つけ、一晩泊りがけで浦和まで母を迎えにやって来てくれた。その翌日は・・・ 島崎藤村 「食堂」
出典:青空文庫