・・・ 御殿場にて乗客更に増したる窮屈さ、こうなれば日の照らぬがせめてもの仕合せなり。小山。山北も近づけば道は次第上りとなりて渓流脚下に遠く音あり。一八の屋根に鶏鳴きて雨を帯びたる風山田に青く、車中には御殿場より乗りし爺が提げたる鈴虫なくなど・・・ 寺田寅彦 「東上記」
・・・時にこう、精進料理じゃ、あした、御山へ登れそうもないな」「また御馳走を食いたがる」「食いたがるって、これじゃ営養不良になるばかりだ」「なにこれほど御馳走があればたくさんだ。――湯葉に、椎茸に、芋に、豆腐、いろいろあるじゃないか」・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・ ウィリアムが思う人はここには居らぬ。小山を三つ越えて大河を一つ渉りて二十哩先の夜鴉の城に居る。夜鴉の城とは名からして不吉であると、ウィリアムは時々考える事がある。然しその夜鴉の城へ、彼は小児の時度々遊びに行った事がある。小児の時のみではな・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・ 十六人の百姓どもが、顔をまるっきりまっ赤にして足で踏んで器械をまわし、小山のように積まれた稲を片っぱしから扱いて行く。藁はどんどんうしろの方へ投げられて、また新らしい山になる。そこらは、籾や藁から発ったこまかな塵で、変にぼうっと黄いろ・・・ 宮沢賢治 「オツベルと象」
・・・樺の木の生えた小山を二つ越えてもまだそれほどに近くもならず、楊の生えた小流れを三つ越えてもなかなかそんなに近くはならなかった。 それでもいくらか近くはなった。 二人が二本の榧の木のアーチになった下を潜ったら不思議な音はもう切れ切れじ・・・ 宮沢賢治 「黄いろのトマト」
・・・彼女たちが労働者や下層民をさけたために、民主党を支持する人民層の意見が反映しなかったのだろうと、東京新聞で小山栄三が書いている。 ギャラップの世論調査所に働いているのが女子だったから、アンケートの送りさきが限定されたのではなかった。彼女・・・ 宮本百合子 「新しい潮」
伝統的な女形と云うものの型に嵌って終始している間、彼等は何と云う手に入った風で楽々と演こなしていることだろう。きっちりと三絃にのり、きまりどころで引締め、のびのびと約束の順を追うて、宛然自ら愉んでいるとさえ見える。 旧・・・ 宮本百合子 「気むずかしやの見物」
・・・十一月六日、七日と『東京新聞』にのせられた小山栄三氏の「世論調査の誤差」は世論調査の技術について素人である多くの読者にとって興味と知識とを与えた。あの記述によって大統領選挙予測で、その調査所の権威を失墜させたのは今回のギャラップ博士の米国世・・・ 宮本百合子 「現代史の蝶つがい」
・・・ これまで日本の女性にあてはめられていた女らしさは、男の扮する女形で表現されました。ここに今日の少女たちが身にそなえはじめている自然な女らしさと全く異った不自然さがあったことが証拠だてられております。女形の身ごなしで表現され得た女らしさ・・・ 宮本百合子 「自然に学べ」
・・・母「ほら御覧なさい、こんなになってるからお靴はけませんよ」 暫く眺めて居て、「いたーい」「チチンぷいぷい」をしてやる子「いたいとこ、どこいった?」母「お山、あっちのお山」子「いたいとこ、お山で何みてゆだろう」・・・ 宮本百合子 「一九二七年春より」
出典:青空文庫