・・・ わざとこえをかえてしかつめらしくきくと若い女はたまらなそうに笑いこけながら、「マア殿さまハ、何を仰せあそばすかと思えば、私なんかはもうもうお山のおくのおく、山猿といっしょに産湯をつかったのでございますもの」 割合にはっきりした・・・ 宮本百合子 「錦木」
・・・ 趣味というようなものは人の心にあっても物の関係でも、何でもないようなところに含まれ発露するところが面白いので、女の味わいというようなものも計らぬところで横溢してこそ意味がある。女形ではできない生きた女が現れる。何でもないようなもののと・・・ 宮本百合子 「山の彼方は」
・・・甲斐の武田勝頼が甘利四郎三郎を城番に籠めた遠江国榛原郡小山の城で、月見の宴が催されている。大兵肥満の甘利は大盃を続けざまに干して、若侍どもにさまざまの芸をさせている。「三河の水の勢いも小山が堰けばつい折れる。凄じいのは音ばかり」・・・ 森鴎外 「佐橋甚五郎」
・・・安倍君と同じ組には魚住影雄、小山鞆絵、宮本和吉、伊藤吉之助、宇井伯寿、高橋穣、市河三喜、亀井高孝などの諸君がいたが、安倍君のほかには漱石に近づいた人はなく、そのあと、私の前後の三、四年の間の知友たちの間にも、一人もなかった。木曜会で初めて近・・・ 和辻哲郎 「漱石の人物」
出典:青空文庫