・・・と、はる子の前へ折り目を拡げた。女らしいペン字の上に細かい更紗飾りを撒いたように濃い小豆色の沈丁の花が押されていた。強い香が鼻翼を擽った。春らしい気持の香であった。「私もこの花は好きよ」「いいでしょう?」 千鶴子は前垂れをか・・・ 宮本百合子 「沈丁花」
・・・白布がいやに折目正しく、きっぱりかけてある。その上に、十二三箇小さな、黄色い液体の入った硝子瓶がちらばら置かれている。白布の前から一枚ビラが下っていた。「純良香水。一瓶三十五銭」 台の後に男が立っているのだが、赧っぽい髪と、顎骨の張・・・ 宮本百合子 「粗末な花束」
・・・ その日まで着て居た着物をぬいでしっとりと折目のついたのに着かえた。 細っこい胴に巻きつく伊達巻のサヤサヤと云う気軽な音をききながら、 木の深い森へ行きとうござんすねえ。 すぐそこの――ほら、 先に行きましたっけねえ・・・ 宮本百合子 「千世子(三)」
出典:青空文庫