・・・ 彼女は、この愚かな聟が、たとえ自分を慕い、愛してくれましたにかかわらず、どうしても自分は愛することができなかったのです。 娘は、西にそびえる高い山を仰ぎました。そして、明け暮れ、なつかしい故郷が慕われたのです。三年たてば、恋しい母・・・ 小川未明 「海ぼたる」
・・・ 祈る女の前に賽銭箱、頭の上に奉納提灯、そして線香のにおいが愚かな女の心を、女の顔を安らかにする。 そこで、ほっと一安心して、さて「めをとぜんざい」でも、食べまひょか。 大阪の人々の食意地の汚なさは、何ごとにも比しがたい。いまは・・・ 織田作之助 「大阪発見」
・・・その途端、副官の肩が動いた。愚かな私はてっきり分会長が撲られるだろうと思った。が、撲られたのは私の方であった。私は五つまで数えたが、あとはいくつ撲られたのか勘定も出来ぬくらいの意識状態になってしまった。そんな意識状態になったので、その時私の・・・ 織田作之助 「髪」
・・・若しも厭の何のと云おうものなら、笞の憂目を見るは愚かなこと、いずれかのパシャのピストルの弾を喰おうも知れぬところだ。スタンブールから此ルシチウクまで長い辛い行軍をして来て、我軍の攻撃に遭って防戦したのであろうが、味方は名に負う猪武者、英吉利・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・ 私は何が、自分をこんなにまで弱らしてしまったのかを、考えることができない。愚か者の妻の――愚痴ばかし言ってくる――それほどならば帰る気になぞならなければよかったのに――彼女からの時々の手紙も、実際私を弱らすものだ。けれどもむろん、そのため・・・ 葛西善蔵 「遁走」
・・・「やはり俺のように愚かに生れついた人間は、自分自身に亡霊相手に一生を終る覚悟でいた方が、まだしもよかったらしい。柄にもない新生活なぞと言ってきても、つまりはよけいな憂目を妻子どもに見せるばかしだ」さりとて継母の提議に従って、山から材木を・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・姉はわが顔を見て笑いつ、愚かなることを言うぞと妹の耳を強く引きたり。されど片目の十蔵がかく語りしものを痛きことかなと妹は眼をみはり口とがらせ耳をおおいて叫びぬ。たちまち姉は優しく妹の耳に口寄せて何事かささやきしが、その手をとりて引き立つれば・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・なるほど小金井は桜の名所、それで夏の盛りにその堤をのこのこ歩くもよそ目には愚かにみえるだろう、しかしそれはいまだ今の武蔵野の夏の日の光を知らぬ人の話である。 空は蒸暑い雲が湧きいでて、雲の奥に雲が隠れ、雲と雲との間の底に蒼空が現われ、雲・・・ 国木田独歩 「武蔵野」
・・・むしろ国ぶりに復帰することだ。恋から恋にうつるハリウッドのスターは賢くはない。むしろ愚かだ。何故なら恋の色彩は多様でもいのちと粋とは逸してしまうからだ。真に恋愛を味わうものとは恋のいのちと粋との中心に没入する者だ。そこでは鐘の音が鳴っている・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・ 成程天下多数の人は死を恐怖して居るようである、然し彼等とても死の免がれぬのを知らぬのではない、死を避け得べしとも思って居ない、恐らくは彼等の中に一人でも、永遠の命は愚か、伯大隈の如くに百二十五歳まで生き得べしと期待し、生きたいと希望し・・・ 幸徳秋水 「死生」
出典:青空文庫