・・・は、あらゆるところで、女は夫に仕えて云々という表現をしているのだが、福沢諭吉の開化の心は、主従関係、身分の高下をあらわしたそういう表現が夫婦の間にあることに耐え得ない。「我輩の断じて許さざるところなり」「婦人をして柔和忍辱の此頂上にまで至ら・・・ 宮本百合子 「三つの「女大学」」
・・・誰が、どこでこね上げる計画なのかわからないが、山とつまれている未解決の社会問題を燃きつけにして怪火を出して、一般の人々が判断を迷わされているすきに、だから武装警察力を増大しなければならない、これだから、日本の平和のためにはより強大な武力の保・・・ 宮本百合子 「わたしたちには選ぶ権利がある」
・・・階上階下とも、どの部屋にも客が一ぱい詰め掛けている。僕は人の案内するままに二階へ升って、一間を見渡したが、どれもどれも知らぬ顔の男ばかりの中に、鬚の白い依田学海さんが、紺絣の銘撰の着流しに、薄羽織を引っ掛けて据わっていた。依田さんの前には、・・・ 森鴎外 「百物語」
・・・これに反対したる開化党は多く年長けたる士なりしが、其首にたちて事をなす学者二人ありて、皆陽明学者なりし、その一人は六郎が父なりき。勤王党の少壮者二手に分かれて、ある夜彼二人の邸にきりこみぬ。なにがしという一人の家を囲みたるおり、鶏の塒にあり・・・ 森鴎外 「みちの記」
・・・いわゆる三計塾で、階下に三畳やら四畳半やらの間が二つ三つあって、階上が斑竹山房のへんがくを掛けた書斎である。斑竹山房とは江戸へ移住するとき、本国田野村字仮屋の虎斑竹を根こじにして来たからの名である。仲平は今年四十一、お佐代さんは二十八である・・・ 森鴎外 「安井夫人」
・・・そこに現われたのは写実によって美を生かそうとする意図ではなく、美しい色と線との諧和のために、自然の内からある色と線とを抽出しようとする注意深い選択の努力である。現実の風景を描いた画すらも、画家の直接の印象が現われているという気はしない。画家・・・ 和辻哲郎 「院展遠望」
・・・何かそういう類の微妙な空気の状態が、蓮の開花と連関しているのかもしれない。その点から考えると、気温の最も低くなる明け方が、最も開花に都合のいい時刻であるかもしれない。しかしそれにしても、あの妙な音は何だろう。それを船頭にただしてみると、船頭・・・ 和辻哲郎 「巨椋池の蓮」
出典:青空文庫