・・・まあ新講談と思えば、講談の奇想天外にはまた捨てがたいところもあるのだから、楽しく読めることもあるけれど、あの、深刻そうな、人間味を持たせるとかいって、楠木正成が、むやみ矢鱈に、淋しい、と言ったり、御前会議が、まるでもう同人雑誌の合評会の如く・・・ 太宰治 「鉄面皮」
・・・ 親兄弟みんなたばになって、七ツのおれをいじめている、とひがんで了って、その頃から、家族の客間の会議をきらって、もっぱら台所の石の炉縁に親しみ、冬は、馬鈴薯を炉の灰に埋めて焼いて、四、五の作男と一緒にたべた。一日わが孤立の姿、黙視し兼ねてか・・・ 太宰治 「二十世紀旗手」
・・・そこで邸では幾度となく秘密の親族会議が開かれた。弁護士や、ポルジイと金銭上の取引をしたもの共が、参考に呼び出される。プラハとウィインとの間を、幾人かの尼君達が旅行せられる。実際鉄道庁で、この線路の列車の往復を一時増加しようかと評議をした位で・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・ 自分は近来は煙草で癇癪をまぎらす必要を感じるような事は稀であるが、しかしこの頃煙草の有難味を今更につくづく感じるのは、自分があまり興味のない何々会議といったような物々しい席上で憂鬱になってしまった時である。他の人達が天下国家の一大事で・・・ 寺田寅彦 「喫煙四十年」
・・・前者は信仰的主観的であるが、後者は懐疑的客観的だからかもしれない。 芸術という料理の美味も時に人を酔わす、その酔わせる成分には前記の酒もあり、ニコチン、アトロピン、コカイン、モルフィンいろいろのものがあるようである。この成分によって芸術・・・ 寺田寅彦 「コーヒー哲学序説」
・・・このまとまらない考察の一つの収穫は、今まで自分など机上で考えていたような楽観的な科学的災害防止可能論に対する一抹の懐疑である。この疑いを解くべきかぎはまだ見つからない。これについて読者の示教を仰ぐことができれば幸いである。・・・ 寺田寅彦 「災難雑考」
・・・戦争のほうは会議でいくらか延期されるかもしれないが、地震とは相談ができない。 大正十二年の大震災は帝都と関東地方に限られていた。今度のは箱根から伊豆へかけての一帯の地に限られている。いつでもこの程度ですむかというとそうは限らないようであ・・・ 寺田寅彦 「時事雑感」
・・・これに関してはかえって地質学者の多くが懐疑的であるように見えるが、物理学者の目から見れば、この適用は、もし適当な注意のもとに行なわれさえすれば、むしろ当然の試みとして奨励遂行さるべきものと思われる。 地殻の皺曲や割れ目やすべり面の週期性・・・ 寺田寅彦 「自然界の縞模様」
・・・この数は二、三、四、五、六のどれでも割り切れるから、一年おきの行事でも、三年に一度の万国会議でも、四年に一度のオリンピアードでも、五年六年に一度の祭礼でも六十年たてばみんな最初の歩調をとり返すのである。その六十年はまたほぼ人間の一週期になる・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・四月十六日 喫煙室で乗客の会議が開かれた。一般の娯楽のために競技や音楽会をやる相談である。四月十七日 きのう紛失したせんたく袋がもどって来た。室のボーイの話ではせんたく屋のシナ人が持っていたのだそうな。四月十八日 顔・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
出典:青空文庫