・・・自分等葡萄棚の涼台で、その号外を見、話をきき、三越、丸の内の諸ビルディング 大学 宮城がみなやけた戒厳令をしいたときく。ぞっとし、さむけがし、ぼんやりした。が全部信ぜず、半分とし、とにかく四日に立つと、前きめた通りにする。吉田氏帰村し、驚き・・・ 宮本百合子 「大正十二年九月一日よりの東京・横浜間大震火災についての記録」
・・・夫唱婦随が美俗とされるところでは、夫の唱える知性の流れがどのように低い川底を走っていなければならないかということに新鮮なおどろきと悲しみの眼を瞠ったとき、婦人の知性の開眼はおこなわれるのであるとさえ思うのである。〔一九三九年八月〕・・・ 宮本百合子 「知性の開眼」
・・・レオナルド・ダ・ヴィンチは、ルネッサンス時代の新鮮旺盛にめざめた科学への開眼で、その人種のあこがれを科学の力で実現してみようとした。前後いくつもの世紀を経て、人類の科学的能力はとうとう、航空機製作というものを最も大規模な近代的産業部門の一つ・・・ 宮本百合子 「なぜ、それはそうであったか」
・・・小使がつい、予審判事に戒厳令という言葉を言ったために。三月。下旬、予審終結。ひどく健康を害していたために市ヶ谷からじかに慶応大学病院に入院した。六月。公判、懲役〔二〕年、執行猶予〔四〕年を言い渡された。予審と公判とを通じて私は文学の・・・ 宮本百合子 「年譜」
・・・ 余り突然の大事なので、喫驚することさえ忘れて聞いていた私は、「為めに全市に亙って戒厳令を敷き」と云う文句を耳にすると、俄かにぞっとするような恐怖を感じた。五つか六つの時、孫の薬とりに行った老婆が、電信柱に結びつけられ兵隊に剣付鉄砲で刺・・・ 宮本百合子 「私の覚え書」
・・・まるで戒厳令だ。通りに面している店と云う店はことごとく表戸をしめている。板戸に錠前をかけ、あるところでは鉄扉がおろされている。 広場の中心へ行くと、やっと、行列らしいものがあった。往来でもみかけたようなレイン・コートの一隊が広場をグルリ・・・ 宮本百合子 「ワルシャワのメーデー」
・・・伊織が幸橋外の有馬邸から、越前国丸岡へ遣られたのは、安永と改元せられた翌年の八月である。 跡に残った美濃部家の家族は、それぞれ親類が引き取った。伊織の祖母貞松院は宮重七五郎方に往き、父の顔を見ることの出来なかった嫡子平内と、妻るんとは有・・・ 森鴎外 「じいさんばあさん」
出典:青空文庫