私の郷里、小豆島にも、昔、瀬戸内海の海賊がいたらしい。山の上から、恰好な船がとおりかゝるのを見きわめて、小さい舟がする/\と島かげから辷り出て襲いかゝったものだろう。その海賊は、又、島の住民をも襲ったと云い伝えられている。・・・ 黒島伝治 「海賊と遍路」
・・・いそいそと壇にのぼりつ「書きたくないことだけを、しのんで書き、困難と思われたる形式だけを、えらんで創り、デパートの紙包さげてぞろぞろ路ゆく小市民のモラルの一切を否定し、十九歳の春、わが名は海賊の王、チャイルド・ハロルド、清らなる・・・ 太宰治 「喝采」
・・・本の名は、海賊。具体的なことがらについては、君と相談のうえできめるつもりであるが、僕のプランとしては、輸出むきの雑誌にしたい。相手はフランスがよかろう。君はたしかにずば抜けて語学ができる様子だから、僕たちの書いた原稿をフランス語に直しておく・・・ 太宰治 「ダス・ゲマイネ」
・・・何とかの何々、実は海賊の張本毛剃九右衛門て」「海賊らしくもないぜ。さっき温泉に這入りに来る時、覗いて見たら、二人共木枕をして、ぐうぐう寝ていたよ」「木枕をして寝られるくらいの頭だから、そら、そこで、その、小手を取られるんだあね」と碌・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・「この赤と白の斑は私はいつでも昔の海賊のチョッキのような気がするんですよ。ね。 それからこれはまっ赤な羽二重のコップでしょう。この花びらは半ぶんすきとおっているので大へん有名です。ですからこいつの球はずいぶんみんなで欲しがります。」・・・ 宮沢賢治 「チュウリップの幻術」
・・・どんな珍しいものを見るかと思って……段々海へ乗出して往く中には、為朝なんかのように、海賊を平らげたり、虜になってるお姫さまを助けるような事があるかも知れませんからね。それから、ロビンソン、クルーソーみたように難船に逢って一人ッきり、人跡の絶・・・ 若松賤子 「忘れ形見」
出典:青空文庫