・・・ 喬は自分が解放されるのを感じた。そして、「いつもここへは登ることに極めよう」と思った。 五位が鳴いて通った。煤黒い猫が屋根を歩いていた。喬は足もとに闌れた秋草の鉢を見た。 女は博多から来たのだと言った。その京都言葉に変な訛・・・ 梶井基次郎 「ある心の風景」
・・・僕は母に交って此方に来て、母は今、横浜の宅に居ますが、里子は両方を交る/″\介抱して、二人の不幸をば一人で正直に解釈し、たゞ/\怨霊の業とのみ信じて、二人の胸の中の真の苦悩を全然知らないのです。 僕は酒を飲むことを里子からも医師からも禁・・・ 国木田独歩 「運命論者」
・・・ かれの兄はこの不幸なる漂流者を心を尽くして介抱した。その子供らはこの人のよい叔父にすっかり、懐いてしまった。兄貫一の子は三人あって、お花というが十五歳で、その次が前の源造、末が勇という七歳のかあいい児である。 お花は叔父を慰め、源・・・ 国木田独歩 「河霧」
・・・それからかれこれ二月ばかり経つと、今度は生垣を三尺ばかり開放さしてくれろ、そうすれば一々御門へ迂廻らんでも済むからと頼みに来た。これには大庭家でも大分苦情があった、殊にお徳は盗棒の入口を造えるようなものだと主張した。が、しかし主人真蔵の平常・・・ 国木田独歩 「竹の木戸」
・・・然し梅子は能くこれに堪えて愈々従順に介抱していた。其処で倉蔵が「お嬢様、マア貴嬢のような人は御座りませんぞ、神様のような人とは貴嬢のことで御座りますぞ、感心だなア……」と老の眼に涙をぼろぼろこぼすことがある。 こんな風で何時しか秋の・・・ 国木田独歩 「富岡先生」
・・・婦人を本当に解放するということは、家庭から職業戦線へ解放することではなくて、職業戦線から解放して家庭へ帰らせることだ。 しかし現状では夫婦共稼ぎもやむを得ない。が、この際夫としてはなるべく妻を共稼ぎさせないようにするのが夫婦愛であり男の・・・ 倉田百三 「愛の問題(夫婦愛)」
・・・ 最近の人間学的な倫理学の方向が、この社会幸福主義を性質的に高め、浄化させんがために、一方では人格主義の、いわゆる人格の意味を、個人主義的な桎梏から解放して、これは社会的人間に鋳直すことにより、人格主義と社会幸福主義とを、本質的に止揚し・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・では、彼等を貧乏から解放してくれるものは何であるか。──彼等には、まだそれが分っていない。分っている者もないことはない。しかし、大部分の百姓に、それがまだ分っていない。 俺達は、何故貧乏するか。 どうすれば、俺達は、貧乏から解放され・・・ 黒島伝治 「選挙漫談」
・・・とか、農村を都市に対立させて、農民は、農民独自の力によって解放され得るが如く考えている無政府主義的な単農主義者等の立場とは、最初の出発からその方向を異にしていた。農民生活を題材としても、その文学のねらう、主要なポイントは、プロレタリア文学が・・・ 黒島伝治 「農民文学の問題」
・・・主人はもっと早く引退ってもよかったと思っていたらしく、客もまたあるいはそうなのか、細君が去ってしまうとかえって二人は解放されたような様子になった。「君のところへ呼びに行きはしなかったかネ。もしそうだったら勘弁してくれたまえ。」「ム。・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
出典:青空文庫