・・・それが追々笑って済ませなくなるまでには、――この幽鬱な仮面に隠れている彼の煩悶に感づくまでには、まだおよそ二三箇月の時間が必要だったのです。が、話の順序として、その前に一通り、彼の細君の人物を御話しして置く必要がありましょう。「私が始め・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・(何箇月かたった後、僕は何かの話の次手に『悪魔』の作家に彼の言葉を話した。するとこの作家は笑いながら、無造作に僕にこう言うのだった。――「世界一ならば何でも好「『虞美人草』は?」「あれは僕の日本語じゃ駄目だ。……きょうは飯ぐらい・・・ 芥川竜之介 「彼 第二」
・・・ 二三箇月たった後、僕は土屋文明君から島木さんの訃を報じて貰った。それから又「改造」に載った斎藤さんの「赤彦終焉記」を読んだ。斎藤さんは島木さんの末期を大往生だったと言っている。しかし当時も病気だった僕には少からず愴然の感を与えた。この・・・ 芥川竜之介 「島木赤彦氏」
島木さんに最後に会ったのは確か今年の正月である。僕はその日の夕飯を斎藤さんの御馳走になり、六韜三略の話だの早発性痴呆の話だのをした。御馳走になった場所は外でもない。東京駅前の花月である。それから又斎藤さんと割り合にすいた省・・・ 芥川竜之介 「島木赤彦氏」
・・・彼はその後数箇月の間、ちょうどひとかどの哲学者のように死と云う問題を考えつづけた。死は不可解そのものである。殺された蟻は死んだ蟻ではない。それにも関らず死んだ蟻である。このくらい秘密の魅力に富んだ、掴え所のない問題はない。保吉は死を考える度・・・ 芥川竜之介 「少年」
・・・僕はつい二三箇月前にも或小さい同人雑誌にこう云う言葉を発表していた。――「僕は芸術的良心を始め、どう云う良心も持っていない。僕の持っているのは神経だけである」…… 姉は三人の子供たちと一しょに露地の奥のバラックに避難していた。褐色の紙を・・・ 芥川竜之介 「歯車」
・・・ それからお前たちの母上が最後の気息を引きとるまでの一年と七箇月の間、私たちの間には烈しい戦が闘われた。母上は死に対して最上の態度を取る為めに、お前たちに最大の愛を遺すために、私を加減なしに理解する為めに、私は母上を病魔から救う為めに、・・・ 有島武郎 「小さき者へ」
・・・井上眼科病院で診察してもらったら、一、二箇月入院して見なければ、直るか直らないかを判定しにくいと言ったとか。 かの女は黒い眼鏡を填めた。 僕は女優問題については何も言わなかった。 十二、三歳の女の子がそとから帰って来て、「姉・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・ で、店は繁昌するし、後立てはシッカリしているし、おまけに上さんは美しいし、このまま行けば天下泰平吉新万歳であるが、さてどうも娑婆のことはそう一から十まで註文通りには填まらぬもので、この二三箇月前から主はブラブラ病いついて、最初は医者も・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・それともうひとつ想いだすのは、浜子が法善寺の小路の前を通る時、ちょっと覗きこんで、お父つあんの出たはるのはあの寄席やと花月の方を指しながら、私たちに言って、きゅうにペロリと舌を出したあの仕草です。 やがて楽天地の建物が見えました。が、浜・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
出典:青空文庫