・・・其からぐんぐんと延び育った熾な夏は僅か二箇月でもう褪せようと仕て居ります。私が大きな楡の樹蔭の三階で、段々近眼に成りながら、緩々と物を書き溜めて居るうちに、自然は確実な流転を続けて居ります。今も恐るべき単調さで降りしきって居る雨が晴れたら、・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・ その夜から、十一月の四日迄、まる一箇月、自分は到頭林町に足踏みしなかった。 今までの、何時、彼方から呼ばれるか判らないと云うような気分もなく、一寸、仕事がつかえても、行って見ようかな、と云う遊び心に動かされず、当分は、却ってさっぱ・・・ 宮本百合子 「二つの家を繋ぐ回想」
・・・何にしろ福井辺では七月の下旬に雨が降ったきり、九月一日まで、一箇月以上一度の驟雨さえ見ないと云う乾きようであった。人々は農作物の為めに一雫の雨でもと待ち焦れている。二百十日が翌日に迫っていたので、この地震は天候の変化する前触れとし、寧ろ歓迎・・・ 宮本百合子 「私の覚え書」
・・・年忌の営みは晴れ晴れしいものになるらしく、一箇月ばかり前から、熊本の城下は準備に忙しかった。 いよいよ当日になった。うららかな日和で、霊屋のそばは桜の盛りである。向陽院の周囲には幕を引き廻わして、歩卒が警護している。当主がみずから臨場し・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・丁度新年で、門口に羽根を衝いていた、花房の妹の藤子が、きゃっと云って奥の間へ飛び込んで来た。花月新誌の新年号を見ていた花房が、なんだと問うと、恐ろしい顔の病人が来たと云う。どんな顔かと問えば、只食い附きそうな顔をしていたから、二目と見ずに逃・・・ 森鴎外 「カズイスチカ」
・・・そこで所々に一二箇月ずつ奉公していたら、自然手掛りを得るたつきにもなろうと思い立って、最初は本所の或る家に住み込んだ。これは遠い親戚に当るので、奉公人やら客分やら分からぬ待遇を受けて、万事の手伝をしたのである。次に赤坂の堀と云う家の奥に、大・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・石田はまだ月の半ばであるのに、一箇月分の給料を遣った。 夕方になって、口入の上さんは出直して、目見えの女中を連れて来た。二十五六位の髪の薄い女で、お辞儀をしながら、横目で石田の顔を見る。襦袢の袖にしている水浅葱のめりんすが、一寸位袖口か・・・ 森鴎外 「鶏」
・・・二箇月立つか立たないうちに、和洋折衷とか云うような、二階家が建築せられる。黒塗の高塀が繞らされる。とうとう立派な邸宅が出来上がった。 近所の人は驚いている。材木が運び始められる頃から、誰が建築をするのだろうと云って、ひどく気にして問い合・・・ 森鴎外 「鼠坂」
・・・「三箇月になります。」「Avez-vous bien travaillトラワイェエ ?」 学生ははっと思った。ロダンという人が口癖のように云う詞だと、兼て噂に聞いていた、その簡単な詞が今自分に対して発せられたのである。「Ou・・・ 森鴎外 「花子」
・・・ある時はどこかの見せ物小屋の前に立って客を呼んでいることもあるが、またある時は何箇月立っても職業なしでいて、骨牌で人を騙す。どうかすると二三日くらい拘留せられていることもある。そんな時は女房が夜も昼も泣いている。拘留場で横着を出すと、真っ暗・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「破落戸の昇天」
出典:青空文庫