・・・ 魚浅し、音暗しなどいえる警語を用いたるは漢詩より得たるものならん。従来の国文いまだこの種の工夫なし。陽炎や名も知らぬ虫の白き飛ぶ橋なくて日暮れんとする春の水罌粟の花まがきすべくもあらぬかなのごときは古文より・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・傘の下小原女の五人揃ふて袷かな照射してさゝやく近江八幡かな葉うら/\火串に白き花見ゆる卓上の鮓に眼寒し観魚亭夕風や水青鷺の脛を打つ四五人に月落ちかゝる踊かな日は斜関屋の槍に蜻蛉かな柳散り清水涸れ石ところ/″\・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・河原からはもうかげろうがゆらゆら立って向うの水などは何だか風のように見えた。河原で分れて二時頃うちへ帰った。そして晩まで垣根を結って手伝った。あしたはやすみだ。四月三日 今日はいい付けられて一日古い桑の根掘りをしたので大・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
・・・曇った日でねえ、すると向うの低い野原だけ不思議に一日、日が照ってね、ちらちらかげろうが上っていたんだ。それでも僕はまあやすんでいた。そして夕方になったんだ。するとあちこちから『おいサイクルホールをやろうじゃないか。どうもやらなけぁ、いけ・・・ 宮沢賢治 「風野又三郎」
・・・その厳しい冬が過ぎますと、まず楊の芽が温和しく光り、沙漠には砂糖水のような陽炎が徘徊いたしまする。杏やすももの白い花が咲き、次では木立も草地もまっ青になり、もはや玉髄の雲の峯が、四方の空を繞る頃となりました。 ちょうどそのころ沙車の町は・・・ 宮沢賢治 「雁の童子」
・・・と云いながらめくらのかげろうが杖をついてやって参りました。「ここは宿屋ですよ。」と蜘蛛が六つの眼を別々にパチパチさせて云いました。 かげろうはやれやれというように、巣へ腰をかけました。蜘蛛は走って出ました。そして「さあ、お茶をお・・・ 宮沢賢治 「蜘蛛となめくじと狸」
〔もうでかけましょう。〕たしかに光がうごいてみんな立ちあがる。腰をおろしたみじかい草。かげろうか何かゆれている。かげろうじゃない。網膜が感じただけのその光だ。〔さあでかけましょう。行きたい人だけ。〕まだ来ないものは仕方ない。さっきか・・・ 宮沢賢治 「台川」
・・・向うの野はらや丘が、あんまり立派で明るくて、それにかげろうが、「さあ行こう、さあ行こう。」というように、そこらいちめん、ゆらゆらのぼっているのです。 タネリはとうとう、叩いた蔓を一束もって、口でもにちゃにちゃ噛みながら、そっちの方へ飛び・・・ 宮沢賢治 「タネリはたしかにいちにち噛んでいたようだった」
・・・なぜなら、星がかげろうの向う側にでもあるように、少しゆれたり明るくなったり暗くなったりしていましたから。 獅子鼻の上の松林には今夜も梟の群が集まりました。今夜は穂吉が来ていました。来てはいましたが一昨日の晩の処にでなしに、おじいさんのと・・・ 宮沢賢治 「二十六夜」
・・・「また人間でない動物でもね、たとえば馬でも、牛でも、鶏でも、なまずでも、バクテリヤでも、みんな死ななけぁいかんのだ。蜉蝣のごときはあしたに生れ、夕に死する、ただ一日の命なのだ。みんな死ななけぁならないのだ。だからお前も私もいつか、きっと・・・ 宮沢賢治 「フランドン農学校の豚」
出典:青空文庫