・・・ 今年はどうも鰊が目につくと思っていたら、北海道の或る町から人が泊りに来て、その話ではあっちに今年は鰊がないのだそうだ。加工してどんどん内地さよこすですて、とそのお婆さんは話した。北海道のおばあさんは、市場の乾物屋から糠づけ鰊を買って来・・・ 宮本百合子 「諸物転身の抄」
・・・の読後、杉山氏はその作品を「下降的」なものと感じ、この感想を洩らしているのである。果して実際そうであろうか? 成程「地区の人々」は終りになればなるほど小説としての具象性を描写の上に失っている。明らかにそれは一つのマイナスである。けれ・・・ 宮本百合子 「同志小林の業績の評価によせて」
・・・ 地面にじかに投げ出されたものの中には、塩瀬の奇麗な紙入だの、歌稿などが、夜露にしめった様にペショペショになってある。「此那になって居るのを見るのはほんとにいやだ事。一そ一思いに皆持って行って仕舞えば好いのに。 私は、醜・・・ 宮本百合子 「盗難」
・・・素人の文学が、その生のままの生活感で日本の現代文学をより豊富なものにしてゆく速度よりも寧ろ、素人の文学としてうけいれられてゆくことの底をなしている今日の文化感覚の急速な下降を却って促進し肯定する形になっている方が、影響として顕著であるような・・・ 宮本百合子 「文学のひろがり」
・・・この短い文章で書きつくすことが不可能であるほど、重大な、深刻な現代日本におけるヒューマニズム下降線を、「新胎」は『文学界』の誌上に席を得て示しているのである。〔一九三七年八月〕 宮本百合子 「文芸時評」
・・・彼女が、もしプレーゲル河の河港に働く正直な人々の生活に何の同感ももち得ない娘であったならば、どこに後年の親愛な畏敬すべきケーテが存在したろう。何の動機で、心のすがすがしい若い医師カール・コルヴィッツと結婚出来たろう。彼女は画家たる前に、先ず・・・ 宮本百合子 「まえがき(『真実に生きた女性たち』)」
・・・その夏ヴォルガ河口に在るアストラハン市で凱旋門を建てる仕事があって、マクシムは妻子をつれ移住した。四年ぶりでニージニへ戻る船中で彼はコレラで倒れたのであった。 父親が死んでから、小さいアリョーシャは母親のワルワーラと一緒に祖父の家で・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・「加工を必要とする素材」としてゴーリキイを眺めている人々は、ゴーリキイの同感を呼び起す力を失った。彼等が当面興味をもっていないことについてゴーリキイが話しはじめると、彼等は遮った。「そんなことはやめてしまえ」 だが、ゴーリキイにとっ・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・しかし、歴史的な意味でも若かったこれ等の学生達は、「加工を必要とする素材」として自分達が眺めていたゴーリキイに対して、時代の意義の重要性をのみ込ませるだけのゆとりがなかった。当面彼等が興味を持っていることでないことをゴーリキイが話しはじめる・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの発展の特質」
・・・枳殻のまばらな裾から帆をあげた舟の出入する運河の河口が見えたりした。そしてその方向から朝日が昇って来ては帆を染めると、喇叭のひびきが聞えて来た。私はこの街が好きであった。しかし私はこの大津の街にもしばらくよりいられなかった。再び私は母と姉と・・・ 横光利一 「洋灯」
出典:青空文庫