・・・みんな客間に集って、母は、林檎の果汁をこしらえて、五人の子供に飲ませている。末弟ひとり、特別に大きいコップで飲んでいる。 退屈したときには、皆で、物語の連作をはじめるのが、この家のならわしである。たまには母も、そのお仲間入りすることがあ・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・あなたにとって、一日一日の生活は、自身への刑罰の加重以外に、意味が無かったようでありました。午前一ぱいを生き切る事さえ、あなたにとっては、大仕事のようでありました。私は、「鶴」以来、あなたの作品を一篇のこさず読んでまいりました。あれから二十・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・若き兵士たり、それから数行の文章の奥底に潜んで在る不安、乃至は、極度なる羞恥感、自意識の過重、或る一階級への義心の片鱗、これらは、すべて、銭湯のペンキ絵くらいに、徹頭徹尾、月並のものである。私は、これより数段、巧みに言い表わされたる、これら・・・ 太宰治 「狂言の神」
・・・しかし、考えてみると、この先生と同じことをして無事に写真をとって帰って、生徒やその父兄たちに喜ばれた先生は何人あるかわからないし、この橋よりもっと弱い橋を架けて、そうしてその橋の堪えうる最大荷重についてなんの掲示もせずに通行人の自由に放任し・・・ 寺田寅彦 「災難雑考」
・・・東京では運転手は器械の一部であり、乗客は荷重であるに過ぎない、従って詫言などはおよそ無用な勢力の浪費である。 この辺の植物景観が関東平野のそれと著しくちがうのが眼につく。民家の垣根に槙を植えたのが多く、東京辺なら椎を植える処に楠かと思わ・・・ 寺田寅彦 「静岡地震被害見学記」
・・・そうしてその増加率は年とともに増すとすれば遠からず地殻は書物の荷重に堪えかねて破壊し、大地震を起こして復讐を企てるかもしれない。そういう際にはセリュローズばかりでできた書籍は哀れな末路を遂げて、かえって石に刻した楔形文字が生き残るかもしれな・・・ 寺田寅彦 「読書の今昔」
・・・あまりかわいそうだから、もう一匹別のを飼って過重な三毛の負担を分かたせようという説があってこれには賛成が多かった。 ある日暮れ方に庭へ出ていると台所がにぎやかになった。女や子供らの笑う声に交じって聞きなれない男の笑い声も聞こえた。「イー・・・ 寺田寅彦 「ねずみと猫」
・・・強いられるとは常人として無理をせずに自己本来の情愛だけでは堪えられない過重の分量を要求されるという意味であります。独り孝ばかりではない、忠でも貞でもまた同様の観があります。何しろ人間一生のうちで数えるほどしかない僅少の場合に道義の情火がパッ・・・ 夏目漱石 「文芸と道徳」
・・・自己が唯一の俳人と崇めたる其角の句を評して佳什二十首に上らずという、見るべし蕪村の眼中に古人なきを。その五子と称し四老と称す、もとより比較的の讃辞にして、芭蕉の俳句といえどもその一笑を博するに過ぎざりしならん。蕪村の眼高きことかくのごとく、・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・ 桃の果汁のような陽の光は、まず山の雪にいっぱいに注ぎ、それからだんだん下に流れて、ついにはそこらいちめん、雪のなかに白百合の花を咲かせました。 ぎらぎらの太陽が、かなしいくらいひかって、東の雪の丘の上に懸りました。「観兵式、用・・・ 宮沢賢治 「烏の北斗七星」
出典:青空文庫