・・・それから果樹がちらちらゆすれ、ひばりはそらですきとおった波をたてまする。童子は早くも六つになられました。春のある夕方のこと、須利耶さまは雁から来たお子さまをつれて、町を通って参られました。葡萄いろの重い雲の下を、影法師の蝙蝠がひらひらと飛ん・・・ 宮沢賢治 「雁の童子」
・・・』 そこで二人は手をつないで果樹園を出てどんどんそっちへ走って行った。 音はよっぽど遠かった。樺の木の生えた小山を二つ越えてもまだそれほどに近くもならず、楊の生えた小流れを三つ越えてもなかなかそんなに近くはならなかった。 それで・・・ 宮沢賢治 「黄いろのトマト」
・・・第一果樹整枝法、わかったか。三番。」兵卒三「わかりました。果樹整枝法であります。」大将「よろしい。果樹整枝法、その一、ピラミッド、一の号令でこの形をつくる。二で直るいいか」大将両腕を上げ整枝法のピラミッド形をつくる。・・・ 宮沢賢治 「饑餓陣営」
・・・の中でスタインベックは、カリフォルニアの果樹園とそのまわりにあぶれている季節労働者――土地をとられた農民の群の有様を描いている。豊饒なカリフォルニアの果樹園で、市価がやすいために収穫がのばされている。樹の下には甘熟した果物が重なって落ちて、・・・ 宮本百合子 「心に疼く欲求がある」
・・・ そこから少し低くなっている彼方を見渡すと、白い小砂利を敷いた細道を越えた向うには、馬ごやしの厚い叢に縁取りされた数列の花床と、手入れの行き届いた果樹がある。 湿りけのぬけない煉瓦が、柔らかな赤茶色に光って見える建物の傍に、花をつけ・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
・・・三 海老屋の年寄りは、翌朝もいつもの通り広い果樹園へ出かけて行った。 笠を被り、泥まびれでガワガワになったもんぺを穿いた彼女が、草鞋がけでたくさんな男達を指揮し出すのを見ると、近所の者は皆、「あれまあ御覧よ、 ま・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
・・・窓の小さいのが三つ位開いて単純な長方形のガラス越に寒そうな青白い月光の枯れ果てた果樹園を照らしてはるかに城壁が真黒に見える。長椅子からよっぽどはなれた所に青銅製の思い切って背の高いそして棒の様な台の上に杯の様な油皿のついた燈火を置い・・・ 宮本百合子 「胚胎(二幕四場)」
・・・とパンコフがやって来て、こわされた煖炉を見て呻ったのは真実であった。果樹園所有者組合の組織に成功しはじめたロマーシに対する「戦争」は、もとより村の富農から挑まれた。富農に買われる酔いどれの悪党としてはあつらえむきの兵士コスチンがある。 ・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・古い果樹の、熟しすぎた果実として、フランスの文化伝統たる個人中心の考えかたは現実に破れたのであった。 日本の場合、それは全く異っている。決して、たっぷりと開花し、芳香と花粉とを存分空中に振りまいて、実り過ぎて軟くなり、甘美すぎてヴィタミ・・・ 宮本百合子 「よもの眺め」
出典:青空文庫