・・・「なんでもない、なんでもない、火事ごっこだよ。畜生!」彼は親爺と妹の身の上を案じた。 翌朝、村へ帰ると親爺は逃げおくれて、家畜小屋の前で死骸となっていた。胸から背にまでぐさりと銃剣を突きさされていた。動物が巣にいる幼い子供を可愛がる・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・が、それは、火事とならずにもみ消された。小作人も、はずされた仲間の方についた。伊三郎の田は、六月の植えつけから、その三分の二は耕されず雑草がはびこるまゝに荒らされだした。 だが、それから間もなくだった。「や、大変なこっちゃ。これゃ、・・・ 黒島伝治 「浮動する地価」
・・・菅沼というにかかる頃、暑さ堪えがたければ、鍛冶する片手わざに菓子などならべて売れる家あるを見て立寄りて憩う。湯をと乞うに、主人の妻、少時待ちたまえ、今沸かしてまいらすべしとて真黒なる鉄瓶に水を汲み入るれば、心長き事かなと呆れて打まもるに、そ・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・ たちまち姿は見えずなって、四五軒先の鍛冶屋が鎚の音ばかりトンケンコン、トンケンコンと残る。亭主はちょっと考えしが、「ハテナ、近所の奴に貸た銭でもあるかしらん。知人も無さそうだし、貸す風でもねえが。と独語つところへ、うッそりと来・・・ 幸田露伴 「貧乏」
・・・ 夕方の家事雑役をするということは、先刻の遊びに釣をするのでないという言葉に反映し合って、自分の心を動かさせた。 ほんとのお母さんでないのだネ。明日の米を磨いだり、晩の掃除をしたりするのだネ。 彼はまた黙った。 今日も鮒を一・・・ 幸田露伴 「蘆声」
・・・小山の家は町の鍛冶屋だ。チョン髷を結った阿爺さんが鍛ってくれたのだ。高瀬はその鉄の目方の可成あるガッシリとした柄のついた鍬を提げて、家の裏に借りて置いた畠の方へ行った。 不思議な風体の百姓が出来上った。高瀬は頬冠り、尻端折りで、股引も穿・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・幅の広い鉄で鍛えたような鍛冶職の手である。ただそれが年の寄ったのと、食物に饑えたのとで、うつろに萎びている。その手を体の両側に、下へ向けてずっと伸ばしていよいよ下に落ち付いた処で、二つの円い、頭えている拳に固めた。そして小さく刻んだ、しっか・・・ 著:シュミットボンウィルヘルム 訳:森鴎外 「鴉」
・・・と言って、急いで上手な鍛冶屋をおよびになりました。けれどもその鍛冶屋には、第一、お城の門の錠前にはまる鍵がどうしても作れませんでした。しまいには国中の鍛冶屋という鍛冶屋がみんな出て来ましたが、だれ一人その鍵をこしらえるものがありませんでした・・・ 鈴木三重吉 「黄金鳥」
・・・ると同時に、片がわの雑貨店の洋館がずしんと目のまえにたおれる、そちこちで、はりさけるような女のさけび声がする、それから先はまるでむちゅうで須田町の近くまで走って来たと思うと、いく手にはすでにもうもうと火事の黒烟が上っていたと言っています。・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
・・・秋ノ蚕。火事。ケムリ。オ寺。 ごたごた一ぱい書かれてある。 太宰治 「ア、秋」
出典:青空文庫