・・・入場料を払って関門を入ると、そこは二千余年前の文化の化石で、見渡す限りただ灰白色をした低い建物の死骸である。この荒涼な墓場の背景には、美しい円錐火山が、優雅な曲線を空に画してそびえていた。空に切れ切れな綿雲の影が扇のように遠く広がったすそ野・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・ 比較的新しい地質時代まで日本が対馬のへんを通して朝鮮と陸続きになっていたことは象や犀の化石などからも証明されるようであるが、それと連関して、もしも対馬朝鮮の海峡をふさいでしまって暖流が日本海に侵入するのを防いだら日本の気候に相当顕著な・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
・・・しかしそれくらいの事が自慢になるようであったら世の中に易者や探偵という商売は存在しない訳であり、奥歯一本の化石から前世界の人間や動物の全身も描きだすような学者はあり得ない訳である。 色々と六かしい、しかもたいていはエゴイスティックな理窟・・・ 寺田寅彦 「年賀状」
・・・ 誰か、どこかで、原人の尻尾の化石でも掘り出して見せる日本人はないものだろうか。そんなものの二つか三つも掘り出したら、排日問題などは容易に解決されるにちがいない。 日本の大学へ、欧米から留学生が押しかけて来るようになったら、日本の製・・・ 寺田寅彦 「鑢屑」
・・・と一人が評すると「ビステキの化石を食わせるぞ」と一人が云う。「造り花なら蘭麝でも焚き込めばなるまい」これは女の申し分だ。三人が三様の解釈をしたが、三様共すこぶる解しにくい。「珊瑚の枝は海の底、薬を飲んで毒を吐く軽薄の児」と言いか・・・ 夏目漱石 「一夜」
・・・余は化石のごとく茫然と立っている。「いやこれは夜中はなはだ失礼で……実は近頃この界隈が非常に物騒なので、警察でも非常に厳重に警戒をしますので――ちょうど御門が開いておって、何か出て行ったような按排でしたから、もしやと思ってちょっと御注意・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・河へ出ている広い泥岩の露出で奇体なギザギザのあるくるみの化石だの赤い高師小僧だのたくさん拾った。それから川岸を下って朝日橋を渡って砂利になった広い河原へ出てみんなで鉄鎚でいろいろな岩石の標本を集めた。河原からはもうかげろうがゆらゆら立って向・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
・・・それからていねいにあのあやしい化石を掘りはじめました。気がついてみると、みんな大抵ポケットに除草鎌を持ってきているのでした。岩が大へん柔らかでしたから大丈夫それで削れる見当がついていたのでした。もうあちこちで掘り出されました。私はせわしくそ・・・ 宮沢賢治 「イギリス海岸」
・・・ 柏の木はみんな度をうしなって、片脚をあげたり両手をそっちへのばしたり、眼をつりあげたりしたまま化石したようにつっ立ってしまいました。 冷たい霧がさっと清作の顔にかかりました。画かきはもうどこへ行ったか赤いしゃっぽだけがほうり出して・・・ 宮沢賢治 「かしわばやしの夜」
・・・と言いながら一生けん命とり返そうとしましたが、どうしてももう佐太郎は机にくっついた大きな蟹の化石みたいになっているので、とうとうかよは立ったまま口を大きくまげて泣きだしそうになりました。 すると三郎は国語の本をちゃんと机にのせて困ったよ・・・ 宮沢賢治 「風の又三郎」
出典:青空文庫