・・・ 先生の気焔は益々昂まって、例の昔日譚が出て、今の侯伯子男を片端から罵倒し初めたが、村長は折を見て辞し去った。校長は先生が喋舌り疲ぶれ酔い倒れるまで辛棒して気きえんの的となっていた。帰える時梅子は玄関まで送って出たが校長何となくにこつい・・・ 国木田独歩 「富岡先生」
・・・それから後は親類の家などへ往って、児雷也物語とか弓張月とか、白縫物語、田舎源氏、妙々車などいうものを借りて来て、片端から読んで一人で楽んで居た。併し何歳頃から草双紙を読み初めたかどうも確かにはおぼえません、十一位でしたろうか。此頃のことでし・・・ 幸田露伴 「少年時代」
ライン河から岸へ打ち上げられた材木がある。片端は陸に上がっていて、片端は河水に漬かっている。その上に鴉が一羽止まっている。年寄って小さくなった鴉である。黒い羽を体へぴったり付けて、嘴の尖った頭を下へ向けて、動かずに何か物思に沈んだよう・・・ 著:シュミットボンウィルヘルム 訳:森鴎外 「鴉」
・・・ちぎった書き崩しを拾って、くちゃくちゃに揉んだのを披げて、皺を延ばして畳んで、また披げて、今度は片端から噛み切っては口の中で丸める。いつしかいろいろの夢を見はじめる。――自分は覚めていて夢を見る。夢と自分で名づけている。 馬の鈴が聞えて・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・以前は私も、たいへん画が好きで、画家の友人もたくさんあって、その画家たちの作品を、片端からけなして得意顔をしていた事もあったのですが、昨年の秋に、ひとりでこっそり画をかいてみて、その下手さにわれながら呆れてそれ以来は、画の話は一言もしない事・・・ 太宰治 「炎天汗談」
・・・後輩たる者も亦だらしが無く、すっかりおびえてしまって、作品はひたすらに、地味にまずしく、躍る自由の才能を片端から抑制して、なむ誠実なくては叶うまいと伏眼になって小さく片隅に坐り、先輩の顔色ばかりを伺って、おとなしい素直な、いい子という事にな・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・私は貴方の右足の小指の、黒い片端爪さえ知っているのですよ。この五葉の切りぬきを、貴方は、こっそり赤い文箱に仕舞い込みました。どうです。いやいや、無理して破ってはいけません。私を知っていますか? 知る筈は、ない。私は二十九歳の医者です。ネオ・・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・あなたは、家へおいでになるお客様たちに先生と呼ばれて、誰かれの画を、片端からやっつけて、いかにも自分と同じ道を歩むものは誰も無いような事をおっしゃいますが、もし本当にそうお思いなら、そんなに矢鱈に、ひとの悪口をおっしゃってお客様たちの同意を・・・ 太宰治 「きりぎりす」
・・・そうかと思うと、ゆらゆらとゆれ動きながら三階の窓を片端から順々に照らして行くのである。誰か旧魚河岸の方の側で手鏡を日光に曝らしてそれで反射された光束を対岸のビルディングに向けて一人で嬉しがっているものと思われた。こういういたずらがいかに面白・・・ 寺田寅彦 「異質触媒作用」
・・・ ルイとエミールはこれらのあらゆる囚獄を片端から打ち破り、踏み破って「自由」の世界へ踏みだして行くのである。晩餐会で腹をかかえて哄笑するのもキュラソのビンで自分の肖像のどてっ腹に穴をあけるのも、工場と富とを投げ出してギャングの前にたたき・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
出典:青空文庫