・・・ 灸は指を食わえて階段の下に立っていた。田舎宿の勝手元はこの二人の客で、急に忙しそうになって来た。「三つ葉はあって?」「まア、卵がないわ。姉さん、もう卵がなくなってしまったのね。」 活気よく灸の姉たちの声がした。茶の間では銅・・・ 横光利一 「赤い着物」
・・・彼女は若い時の客気にまかせて情熱を使いすぎたのである。並みはずれた感激に対する熱情もようやく醒めて来た。ここにニイチェのいわゆる Die Trene gegen die Vorzeit が萌す。 ついに彼女は偉大なる芸術の伝統に対する ・・・ 和辻哲郎 「エレオノラ・デュウゼ」
・・・田植えのころの活気立った農村の気持ちのみならず、稲の苗、田の水や泥、などの感触をまでまざまざと思い起こさせる。 こういう仕方でやがて夏になり、野萩の咲くころとなり、秋に入り、雪を迎え、新年になる。遅い山国の春にも紅梅が咲き、雪が解け、や・・・ 和辻哲郎 「歌集『涌井』を読む」
出典:青空文庫