・・・ コスモスの花瓶にホンのすこしアスピリンをいれました。ぐったりしたから。利くかしら? もとスウィートピーにアスピリンをやったら、すっかり花が上を向いて紙細工のようになってうんざりしたことがあった。 この頃の小説の題は皆一凝りも二凝り・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・集団の行動を奨励している他の反面では、男や女の学生たちが自分たちで集って何かきめてやるということについて学校当局は神経を過敏に動かすのではないだろうか。 政治的成長というものは、いってみればそのような撞着的事象の本体を洞察して、その間か・・・ 宮本百合子 「女性の歴史の七十四年」
・・・ なほ子は、頭を振って大丈夫と云う意味を示し、一寸経ってから、「何でもない……少々過敏になっているもんだから」と云って咳払いをした。言葉に出すのがいやでなほ子はそう云ったのであったが、本当は訳があった。総子の顔を見ているうちに、・・・ 宮本百合子 「白い蚊帳」
・・・色とりどり実にふんだんな卓上の盛花、隅の食器棚の上に並べられた支那焼花瓶、左右の大聯。重厚で色彩が豊富すぎる其食堂に坐った者とては、初め私達二人の女ぎりであった。人間でないものが多すぎる。其故、花や陶器の放つ色彩が、圧迫的に曇天の正午を生活・・・ 宮本百合子 「長崎の一瞥」
・・・棚には、紅釉薬の支那大花瓶が飾ってある。その上、まだ色彩の足りないのを恐れるかのように、食卓の一つ一つに、躑躅、矢車草、金蓮花など、一緒くたに盛り合わせたのが置いてある。年寄の、皺だらけで小さい給仕が、出て来た。空腹ではあったし、料理は決し・・・ 宮本百合子 「長崎の印象」
・・・某が刀は違棚の下なる刀掛に掛けあり、手近なる所には何物も無之故、折しも五月の事なれば、燕子花を活けありたる唐金の花瓶を掴みて受留め、飛びしざりて刀を取り、抜合せ、ただ一打に相役を討果たし候。 かくて某は即時に伽羅の本木を買取り、杵築へ持・・・ 森鴎外 「興津弥五右衛門の遺書(初稿)」
・・・といらえつつ、二足三足つきてゆけば、「かしこなる陶物の間見たまいしや、東洋産の花瓶に知らぬ草木鳥獣など染めつけたるを、われに釈きあかさん人おん身のほかになし、いざ」といいて伴いゆきぬ。 ここは四方の壁に造りつけたる白石の棚に、代々の君が・・・ 森鴎外 「文づかい」
・・・その時フィンクは疲れて過敏になった耳に種々雑多な雑音を聞いた。そしてその雑音を聞き定めようとしている。なんだかそれが自分に対してよそよそしい、自分に敵する物の物音らしく思われる。どうも大勢の人が段々自分の身に近寄って来はしないかというような・・・ 著:リルケライネル・マリア 訳:森鴎外 「白」
・・・机の上の果物、花瓶、草花。あるいは庭に咲く日向葵、日夜我らの親しむ親や子供の顔。あるいは我らが散歩の途上常に見慣れた景色。あるいは我々人間の持っているこの肉体。――すべて我々に最も近い存在物が、彼らに対して、「そこに在ることの不思議さ」を、・・・ 和辻哲郎 「院展遠望」
出典:青空文庫