・・・一人の年老った寡婦がせっせと針仕事をしているだろう、あの人はたよりのない身で毎日ほねをおって賃仕事をしているのだがたのむ人が少いので時々は御飯も食べないでいるのがここから見える。私はそれがかわいそうでならないから何かやって助けてやろうと思う・・・ 有島武郎 「燕と王子」
・・・……ともちゃんをすぐ寡婦にする……そんな……貴様。花田 なんだ貴様たちはともちゃんのハズがほんとうに……瀬古 死ななけりゃならないんだろう。花田 死ぬことになるんださ。瀬古 同じじゃないか。花田 同じじゃないさ・・・ 有島武郎 「ドモ又の死」
・・・加うるに艶妻が祟をなして二人の娘を挙げると間もなく歿したが、若い美くしい寡婦は賢にして能く婦道を守って淡島屋の暖簾を傷つけなかった。六 川越の農家の子――椿岳及び伊藤八兵衛 爰に川越在の小ヶ谷村に内田という豪農があった。その・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・隣を圧服する果して何の術ぞ 工夫ただ英雄を攪るに在り 『八犬伝』を読むの詩 補 姥雪与四郎・音音乱山何れの処か残燐を吊す 乞ふ死是れ生真なりがたし 薄命紅顔の双寡婦 奇縁白髪の両新人 洞房の華燭前夢を・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・生島はその四十を過ぎた寡婦である「小母さん」となんの愛情もない身体の関係を続けていた。子もなく夫にも死に別れたその女にはどことなく諦らめた静けさがあって、そんな関係が生じたあとでも別に前と変わらない冷淡さもしくは親切さで彼を遇していた。生島・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
・・・反射をうけた火夫が赤く動いていた。 客車。食堂車。寝台車。光と熱と歓語で充たされた列車。 激しい車輪の響きが彼の身体に戦慄を伝えた。それははじめ荒々しく彼をやっつけたが、遂には得体の知れない感情を呼び起こした。涙が流れ出た。 響・・・ 梶井基次郎 「過古」
・・・そして火夫も運転手も乗客も、みな身を乗り出して薦のかけてある一物を見た。 この一物は姓名も原籍も不明というので、例のとおり仮埋葬の処置を受けた。これが文公の最後であった。 実に人夫が言ったとおり、文公はどうにもこうにもやりきれなくっ・・・ 国木田独歩 「窮死」
・・・ 子どもの養、教育の資のために母親が犠牲的に働くという場合は、主として父親のない寡婦の母親の場合であるが、立志伝などではこの場合が非常に多いようだ。ブース大将の母、後藤新平の母、佐野勝也の母などもそうである。また貧しい家庭では、たとい父・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・彼の母親は寡婦で、唯一人、村で息子を待っているのであった。「誰れが争議なんかおっぱじめやがったんかな。どうせ取られる地子は取られるんだ。」宇一は、勝手にぶつ/\こぼした。「こんなことをしちゃ却って、皆がひまをつぶして損だ。じっとおとなし・・・ 黒島伝治 「豚群」
・・・ゆるすなんて、美しい寡婦のようなことを言いなさんな。僕は、君が僕に献身的に奉仕しなければもう船橋の大本教に行かぬつもりだ。僕たち、二三の友人、つね日頃、どんなに君につくして居るか。どれだけこらえてゆずってやって居るか。どれだけ苦しいお金を使・・・ 太宰治 「虚構の春」
出典:青空文庫