・・・あるものは、彼に荊棘の冠を頂かせた。あるものは、彼に紫の衣を纏わせた。またあるものはその十字架の上に、I・N・R・Iの札をうちつけた。石を投げ、唾を吐きかけたものに至っては、恐らく数えきれないほど多かったのに違いない。それが何故、彼ひとりク・・・ 芥川竜之介 「さまよえる猶太人」
・・・食いたいなあと思った時、ひょいと立って帽子を冠って出掛けるだけだ。財布さえ忘れなけや可い。ひと足ひと足うまい物に近づいて行くって気持は実に可いね。A ひと足ひと足新しい眠りに近づいて行く気持はどうだね。ああ眠くなったと思った時、てくてく・・・ 石川啄木 「一利己主義者と友人との対話」
・・・勿論金を出して新聞を購読するような余裕はない時代であるから、新聞社の前に立って、新聞を読んでいると、それに「冠弥左衛門」という小説が載っている。これは僕の書いたもののうちで、始めて活版になったものである。元来この小説は京都の日の出新聞から巌・・・ 泉鏡花 「おばけずきのいわれ少々と処女作」
・・・西側の山路から、がさがさ笹にさわる音がして、薪をつけた馬を引いて頬冠の男が出て来た。よく見ると意外にも村の常吉である。この奴はいつか向うのお浜に民子を遊びに連れだしてくれと頻りに頼んだという奴だ。いやな野郎がきやがったなと思うていると、・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・晩年には益々昂じて舶来の織出し模様の敷布を買って来て、中央に穴を明けてスッポリ被り、左右の腕に垂れた個処を袖形に裁って縫いつけ、恰で酸漿のお化けのような服装をしていた事があった。この服装が一番似合うと大に得意になって写真まで撮った。服部長八・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・のために責めらる、即ちキリストの福音のために此世と教会とに迫害らる、栄光此上なしである、我等もし彼と共に死なば彼と共に生くべし、我等もし彼と共に忍ばば彼と共に王たるべし(提摩太、キリストと共に棘の冕を冠しめられて信者は彼と共に義の冕を戴くの・・・ 内村鑑三 「聖書の読方」
・・・そんな場合には、甲は赤い帽子を被り、乙は白い帽子を被りましたが、一方は、桜の木の右に、一方は桜の木の左にというふうに、陣取りました。そのとき、桜の木は悠々として、右をながめ、左が見下ろして、さも、みんなの元気のいい顔を見るのがうれしそうに、・・・ 小川未明 「学校の桜の木」
・・・ それから、二三日経ってある朝、銭占屋は飯を食いかけた半ばにふと思いついたように、希しく朝酒を飲んで、二階へ帰るとまた布団を冠って寝てしまった。女房は銭占屋の使で町まで駿河半紙を買いに行ったし、私も話対手はなし、といってすることもないか・・・ 小栗風葉 「世間師」
・・・何か被りたくも被る物はなし。責て早く夜になとなれ。こうだによってと、これで二晩目かな。 などと思う事が次第に糾れて、それなりけりに夢さ。 大分永く眠っていたと見えて、眼を覚してみればもう夜。さて何も変った事なし、傷は痛む、隣のは・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
ある午後「高いとこの眺めは、アアッ(と咳また格段でごわすな」 片手に洋傘、片手に扇子と日本手拭を持っている。頭が奇麗に禿げていて、カンカン帽子を冠っているのが、まるで栓をはめたように見える。――そんな老・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
出典:青空文庫