・・・そんな、そんな児を構うものか。」 とすねたように鋭くいったが、露を湛えた花片を、湯気やなぶると、笑を湛え、「ようござんすよ。私はお濠を楽みにしますから。でも、こんなじゃ、私の影じゃ、凄い死神なら可いけれど、大方鼬にでも見えるでしょう・・・ 泉鏡花 「女客」
・・・ と、可かろう、合したものの上へ〆めるんだ、濡れていても構うめえ、どッこいしょ。」 七兵衛はばったのような足つきで不行儀に突立つと屏風の前を一跨、直に台所へ出ると、荒縄には秋の草のみだれ咲、小雨が降るかと霧かかって、帯の端衣服の裾をした・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・小児二 何だい何だい。小児三 ああ、大なものを背負って、蹌踉々々来るねえ。小児四 影法師まで、ぶらぶらしているよ。小児五 重いんだろうか。小児一 何だ、引越かなあ。小児二 構うもんか、何だって。小児三 御覧よ、脊・・・ 泉鏡花 「紅玉」
・・・ 三「――旦那さん、その虫は構うた事には叶いませんわ。――煩うてな……」 もの言もやや打解けて、おくれ毛を撫でながら、「ほっといてお通りなさいますと、ひとりでに離れます。」「随分居るね、……これは何と・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・ 見る見る、お前さん、人前も構う事か、長襦袢の肩を両肱へ巻込んで、汝が着るように、胸にも脛にも搦みつけたわ、裾がずるずると畳へ曳く。 自然とほてりがうつるんだってね、火の燃える蝋燭は、女のぬくみだッさ、奴が言う、……可うがすかい。・・・ 泉鏡花 「菎蒻本」
・・・……決して私に構うなと言った処で、人情としてそうは行くまい、顔の前に埃が立つ。構わないにしても気が散ろう。 泣きも笑いもするがいいが、どっちも胸をいためぬまで、よく楽み、よくお遊び。」―― あの陰気な女中を呼ぶと、沈んで落着いただけ・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・村越 お互の中にさえ何事もなければ、円髷も島田も構うものか。この間に七左衛門花道の半ばへ行く、白糸出づ。白糸 あ、もし、旦那。七左 ほう、私かの。白糸 少々伺いとう存じます。七左 はいはい。ああ何なりとも聞く・・・ 泉鏡花 「錦染滝白糸」
・・・それこそお茶人か、よっぽど後生のよいお客でなければ、とても乗ってはくれませんで、稼ぐに追い着く貧乏なしとはいいまするが、どうしていくら稼いでもその日を越すことができにくうござりますから、自然装なんぞも構うことはできませんので、つい、巡査さん・・・ 泉鏡花 「夜行巡査」
・・・何でも構う事はねえだの。夫人 ああ。人形使 その憎い奴を打つと思って、思うさま引払くだ。可いか、可いかの。夫人 ああ。人形使 それ、確りさっせえ。夫人 ああ。あいよ。(興奮しつつ、びりびりと傘を破く。ために、疵つき、指さ・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・……いいえ、構うもんですか。落葉といっても錦のようで、勿体ないほどですわ。あの柘榴の花の散った中へ、鬼子母神様の雲だといって、草履を脱いで坐ったのも、つい近頃のようですもの。お母さんにつれられて。白い雲、青い雲、紫の雲は何様でしょう。鬼子母・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
出典:青空文庫