・・・ からかうようにこういったのは、木村という電気会社の技師長だった。「冗談いっちゃいけない。哲学は哲学、人生は人生さ。――所がそんな事を考えている内に、三度目になったと思い給え。その時ふと気がついて見ると、――これには僕も驚いたね。あ・・・ 芥川竜之介 「一夕話」
・・・』と、からかうように横槍を入れましたが、そのからかうような彼の言が、刹那の間私の耳に面白くない響を伝えたのは、果して私の気のせいばかりだったでしょうか。いや、この時半ば怨ずる如く、斜に彼を見た勝美夫人の眼が、余りに露骨な艶かしさを裏切ってい・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・袖無しの上へ襷をかけた伯母はバケツの雑巾を絞りながら、多少僕にからかうように「お前、もう十二時ですよ」と言った。成程十二時に違いなかった。廊下を抜けた茶の間にはいつか古い長火鉢の前に昼飯の支度も出来上っていた。のみならず母は次男の多加志に牛・・・ 芥川竜之介 「年末の一日」
・・・』と一つ声をかけて、それから『御坊も竜の天上を御覧かな。』とからかうように申しましたが、恵門は横柄にふりかえると、思いのほか真面目な顔で、『さようでござる。御同様大分待ち遠い思いをしますな。』と、例のげじげじ眉も動かさずに答えるのでございま・・・ 芥川竜之介 「竜」
・・・見る見る歯医者の家の前を通り過ぎて、始終僕たちをからかう小僧のいる酒屋の天水桶に飛び乗って、そこでまたきりきり舞いをして桶のむこうに落ちたと思うと、今度は斜むこうの三軒長屋の格子窓の中ほどの所を、風に吹きつけられたようにかすめて通って、それ・・・ 有島武郎 「僕の帽子のお話」
・・・「およしよ、からかうのは。私のようなこんな気の利かないお多福でなしに、縹致なら気立てなら、どこへ出しても恥かしくないというのを捜して上げるから、ね、今から楽しみにして待っておいでな」「まあその気で待っていようよ。おいお光さん、談して・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・兄が怒ったようにからかうと、信子は笑いながら捜しに行った。「ないわ」信子がそんなに言って帰って来た。「カフスの古いので作ったら……」と彼が言うと、兄は「いや、まだたくさんあったはずや。あの抽出し見たか」信子は見たと言った。「・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・と大森が十七八の小娘に手紙を渡す「アラまたあんな事をおッしゃる、中西さんなんかなんでもないワ、ほんとにあたしくやしいわ、みんなしてからかうんだもの」と手紙をふんだくるように取って「いいわ、そんな事をおッしゃるならこのお手紙をどっかへうっ・・・ 国木田独歩 「疲労」
・・・で、そんな背の低いことでも三郎をからかうと、そのたびに三郎はくやしがって、「悲観しちまうなあ――背はもうあきらめた。」 と、よく嘆息した。その三郎がめきめきと延びて来た時は、いつのまにか妹を追い越してしまったばかりでなく、兄の太郎よ・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・ はじめ青扇の自由天才流をからかうつもりで、床の軸物をふりかえって見て、これが自由天才流ですかな、と尋ねたものだ。すると青扇は、酔いですこし赤らんだ眼のほとりをいっそうぽっと赤くして、苦しそうに笑いだした。「自由天才流? ああ。あれ・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
出典:青空文庫