・・・と訊くから、何しろこんな、出水で到底渡れないから、こうして来たのだといいながら、ふと後を振返って見ると、出水どころか、道もからからに乾いて、橋の上も、平時と少しも変りがない、おやッ、こいつは一番やられたわいと、手にした折詰を見ると、こは如何・・・ 小山内薫 「今戸狐」
・・・それに心附いた時は、もうコップ半分も残ってはいぬ時で、大抵はからからに乾燥いで咽喉を鳴らしていた地面に吸込まれて了っていた。 この情ない目を見てからのおれの失望落胆と云ったらお話にならぬ。眼を半眼に閉じて死んだようになっておった。風は始・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・そんな時、彼等は、帰りに、丘を下りながら、ひょいと立止まって、顔を見合わせ、からから笑った。「ソぺールニクかな。」「ソぺールニクって何だい?」「ソぺールニク……競争者だよ。つまり、恋を争う者なんだ。ははは。」 三・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・しおがまにてただの一銭となりければ、そを神にたてまつりて、からからとからき浮世の塩釜で せんじつめたりふところの中 はらの町にて、宮城野の萩の餅さえくえぬ身の はらのへるのを何と仙台・・・ 幸田露伴 「突貫紀行」
・・・とうとう袂の底には、からからの藻草の切れと小砂とが残ったばかりである。 ふたたび白帆を見る。藤さんのはいつまでも一つところにいる。遠くの分はもう亡くなっている。そして、近く岸の薄のはずれにこちらへ帰る帆がまた一つある。どこから帰ったのか・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・そんなにして、まんまと遠い海の向うへ遁げた後に、またわざわざ殺されにかえる馬鹿があるものか、そんなふざけた手でこのおれが円められると思うのかというように、からからと笑いました。 ピシアスは、「しかしそれには、私がかえるまで、身代りに・・・ 鈴木三重吉 「デイモンとピシアス」
・・・五人女にも、於七が吉三のところへ夜決心してしのんで行って、突如、からからと鈴の音、たちまち小僧に、あれ、おじょうさんは、よいことを、と叫ばれ、ひたと両手合せて小僧にたのみいる、ところがあったと覚えているが、あの思わざる鈴の音には読むものすべ・・・ 太宰治 「音に就いて」
・・・檻の底に車輪の脚がついているらしくからからと音たてて舞台へ滑り出たのである。頬被りしたお客たちの怒号と拍手。少年は、ものうげに眉をあげて檻の中をしずかに観察しはじめた。 少年は、せせら笑いの影を顔から消した。刺繍は日の丸の旗であったのだ・・・ 太宰治 「逆行」
・・・のどが、からから枯渇して、くろい煙をあげて焼けるほどに有名を欲しました。海野三千雄といえば、ひところ文壇でいちばん若くて、いい小説もかいていました。その夜から、私、学生服を着ている時のほかには、どこへ行っても、海野三千雄で、押しとおさなけれ・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・ラムネの瓶がからから鳴った。「秋土用すぎで山さ来る奴もねえべ」 日が暮れかけると山は風の音ばかりだった。楢や樅の枯葉が折々みぞれのように二人のからだへ降りかかった。「お父」 スワは父親のうしろから声をかけた。「おめえ、な・・・ 太宰治 「魚服記」
出典:青空文庫