・・・夏休みに帰省中、鏡川原の納涼場で、見すぼらしい蓆囲いの小屋掛けの中でであった。おりから驟雨のあとで場内の片すみには川水がピタピタあふれ込んでいた。映画はあひる泥坊を追っかけるといったようなたわいないものであったが、これも「見るまでは信じられ・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
・・・ 私たちは白い河原のほとりへ出てきた。そこからは青い松原をすかして、二三分ごとに出てゆく電車が、美しい電燈に飾られて、間断なしに通ってゆくのが望まれた。「ここの村長は――今は替わりましたけれど、先の人がいろいろこの村のために計画して・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・堤の下の河原に朱塗の寺院が欝然たる松林の間に、青い銅瓦の屋根を聳かしている。この処は、北は川口町、南は赤羽の町が近いので、橋上には自転車と自動車の往復が烈しく、わたくしの散策には適していない。放水路の水と荒川の本流とは新荒川橋下の水門を境に・・・ 永井荷風 「放水路」
・・・ かんかららんは長い橋の袂を左へ切れて長い橋を一つ渡って、ほのかに見える白い河原を越えて、藁葺とも思われる不揃な家の間を通り抜けて、梶棒を横に切ったと思ったら、四抱か五抱もある大樹の幾本となく提灯の火にうつる鼻先で、ぴたりと留まった。寒・・・ 夏目漱石 「京に着ける夕」
・・・と神さんが聞いた時、ふうと吹いた息が、障子を通り越して柳の下を抜けて、河原の方へ真直に行った。 爺さんが表へ出た。自分も後から出た。爺さんの腰に小さい瓢箪がぶら下がっている。肩から四角な箱を腋の下へ釣るしている。浅黄の股引を穿いて、浅黄・・・ 夏目漱石 「夢十夜」
・・・それから川岸を下って朝日橋を渡って砂利になった広い河原へ出てみんなで鉄鎚でいろいろな岩石の標本を集めた。河原からはもうかげろうがゆらゆら立って向うの水などは何だか風のように見えた。河原で分れて二時頃うちへ帰った。そして晩まで垣根を結って・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
・・・ そこはこの前上の野原へ行ったところよりも、も少し下流で右のほうからも一つの谷川がはいって来て、少し広い河原になり、すぐ下流は大きなさいかちの木のはえた崖になっているのでした。「おおい。」とさきに来ているこどもらがはだかで両手をあげ・・・ 宮沢賢治 「風の又三郎」
・・・二人もそっちを見ましたら、たったいまの鳥捕りが、黄いろと青じろの、うつくしい燐光を出す、いちめんのかわらははこぐさの上に立って、まじめな顔をして両手をひろげて、じっとそらを見ていたのです。「あすこへ行ってる。ずいぶん奇体だねえ。きっとま・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
・・・二人は相かわらず見えない網や糸をまっさおな空に投げたり引いたりしています。 紳士ははしごを栗の樹にかけました。「いいかい。今度はおまえがこいつをのぼって行くんだよ。そら、登ってごらん。」 ネネムは仕方なくはしごにとりついて登って・・・ 宮沢賢治 「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」
・・・老人は、毎日毎日汗をふきながら机に向っているわたしを可哀そうに思って、ある日、河原から幾背負いもの青葦を苅って来て、それを二階の窓の下につき出た木片ぶきのひさしにのせてくれた。こうすれば反射がよわくなっていくらか凌ぎよいものだ、と云って。・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第二巻)」
出典:青空文庫