・・・ しかし、この本州の北端の町にも、艦載機が飛んで来て、さかんに爆弾を落して行く。私は生家に着いた翌る日から、野原に避難小屋を作る手伝いなどした。 そうして、ほどなくあの、ラジオの御放送である。 長兄はその翌る日から、庭の草むしり・・・ 太宰治 「庭」
・・・それに、鶴はこれまで一度も関西に行った事が無い。この世のなごりに、関西で遊ぶのも悪くなかろう。関西の女は、いいそうだ。自分には、金があるのだ。一万円ちかくある。 駅の附近のマーケットから食料品をどっさり仕入れ、昼すこし過ぎ、汽車に乗る。・・・ 太宰治 「犯人」
・・・の地方の丘陵のふもとを縫う古い村家が存外平気で残っているのに、田んぼの中に発展した新開地の新式家屋がひどくめちゃめちゃに破壊されているのを見た時につくづくそういう事を考えさせられたのであったが、今度の関西の風害でも、古い神社仏閣などは存外あ・・・ 寺田寅彦 「天災と国防」
・・・隣りに坐りし静岡の商人二人しきりに関西の暴風を語り米相場を説けば向うに腰かけし文身の老人御殿場の料理屋の亭主と云えるが富士登山の景況を語る。近頃は西洋人も婦人まで草鞋にて登る由なりなどしきりに得意の様なりしが果ては問わず語りに人の難儀をよそ・・・ 寺田寅彦 「東上記」
・・・ 文章会で四方太氏が自分の文章を読み上げる少しさびのある音声にも、関西なまりのある口調にも忘れ難い特色があったが、その読み方も実にきちんとした歯切れのいい読み方であった。「ホッ、ホッ、ホッ」と押し出すような特徴ある笑声を思い出すのである・・・ 寺田寅彦 「俳諧瑣談」
・・・小さな都会では、干からびたような感じのする料理を食べたり、あまりにも自分の心胸と隔絶した、朗らかに柔らかい懈い薄っぺらな自然にひどく失望してしまったし、すべてが見せもの式になってしまっている奈良にも、関西の厭な名所臭の鼻を衝くのを感じただけ・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・の語は関西地方のものであろうか。近年に至って都下花柳の巷には芸者が茶屋待合の亭主或は客人のことを呼んで「とうさん」となし、茶屋の内儀又は妓家の主婦を「かアさん」というのを耳にする。良家に在っては児輩が厳父を呼んで「のんきなとうさん」と言って・・・ 永井荷風 「申訳」
・・・同じ旅行でも関西方面より北の方がいいと思います。大阪、京都などのような都会は、違った文化が見られて悪るくはないと思いますが、旅として見て、東海道あたりの海が見え、松があるといった美しいだけで、唯長々と眠につづいている整然とした風景よりも、変・・・ 宮本百合子 「愛と平和を理想とする人間生活」
バスの婦人車掌は、後から後からと降りる客に向って、いちいち「ありがとうございます」「ありがとうございます」と云っています。あれは関西の方からもって来られた風だそうですが、混雑の朝夕、それでなくてさえ切符切りで上気せている小・・・ 宮本百合子 「ありがとうございます」
・・・広々した畑、関西風な村を抜けて自動車が青島へ向い駛るにつれ、私は段々愉快で堪らなくなって来た。別府、臼杵、経て来た町にないおおどかさが日向という国には満ちている。日向と書く文字に偽りなく、ここは明るい。平明に、こだわりなく天と地とがぽーっと・・・ 宮本百合子 「九州の東海岸」
出典:青空文庫