・・・然し常にこの世に争闘が絶えないと同時に、それは実現し難いものだと思います。例えば親子間の愛――この世にたった一つしかないいきさつですらも、どれだけ円満にいっていましょう。愛と平和――それは今の経済学、哲学とかの学問で説明したり、解剖したりす・・・ 宮本百合子 「愛と平和を理想とする人間生活」
・・・対象の含んでいる種々の複雑な価値についてよく考え理解した上で、そこに諷刺のおさえがたい横溢を表現してゆくという製作の態度よりは、寧ろ小熊秀雄の才分の面白さ、という周囲の評価の自覚において諷刺の対象への芸術家としての歴史的な責任という点は些か・・・ 宮本百合子 「旭川から」
・・・しかし弥一右衛門という男はどこかに人と親しみがたいところを持っているに違いない。それは親しい友達の少いのでわかる。誰でも立派な侍として尊敬はする。しかしたやすく近づこうと試みるものがない。まれに物ずきに近づこうと試みるものがあっても、しばら・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・ 実際花房の気の付いた通りに、翁の及び難いところはここに存じていたのである。 花房は大学を卒業して官吏になって、半年ばかりも病院で勤めていただろう。それから後は学校教師になって、Laboratorium に出入するばかりで、病人とい・・・ 森鴎外 「カズイスチカ」
・・・看経も時によるわ、この分きがたい最中に、何事ぞ、心のどけく。そもこの身の夫のみのお身の上ではなくて現在母上の夫さえもおなじさまでおじゃるのに……さてもさても。武士の妻はかほどのうてはと仰せられてもこの身にはいかでかいかでか。新田の君は足利に・・・ 山田美妙 「武蔵野」
・・・それを明瞭に感じはするが、これもいかんとも私にはなし難い。理論はそういうときに、口惜しいけれども飛び出してしまう。書くときには疲れないが書けないときにはひどく疲れてへとへとになるのも、このときである。 これは作家の生活を中心とした見方の・・・ 横光利一 「作家の生活」
・・・あるが、昨年の夏、総持寺の管長の秋野孝道氏の禅の講話というのをふと見ていると、向上ということには進歩と退歩の二つがあって、進歩することだけでは向上にはならず、退歩を半面でしていなければ真の向上とはいいがたいという所に接し、私は自分の考えのあ・・・ 横光利一 「作家の生活」
・・・なんだか病身らしくて、こわれもののような気がするので親み難い。それに感情が鋭敏過ぎて、気味の悪いような、自分と懸け離れているような所がある。それだから向うへ着いて幾日かの間は面倒な事もあろうし、気の立つような事もあろうし、面白くないことだろ・・・ 著:リルケライネル・マリア 訳:森鴎外 「白」
・・・私は黒い鉄の扉に突き当たったが、自分の力で動かし難い事を悟るとともに、鍵穴を探し出す余裕を取り返したのである。三 トルストイやストリンドベルヒの作物を読んでみる。語の端々までも峻厳な芸術的良心が行きわたっている。はち切れるよ・・・ 和辻哲郎 「生きること作ること」
・・・しかし公平に言って、特権階級が特に多くの犠牲を払わなくては、万民志を遂ぐる境に達しがたいことも事実である。そうしてその犠牲を払うことが聖旨を奉戴し忠良な臣民となるゆえんである。階級争闘が必然であるように見えるのは不忠な政治家や不忠な資本家な・・・ 和辻哲郎 「蝸牛の角」
出典:青空文庫