・・・がもう一学期半辛抱すれば、華やかな東京に出られるのだからと強いて独り慰め、鼓舞していた。 十月の末であった。 もう、水の中に入らねばしのげないという日盛りの暑さでもないのに、夕方までグラウンドで練習していた野球部の連中が、泥と汗とを・・・ 葉山嘉樹 「死屍を食う男」
・・・櫃の上に古風なる楽器数個あり。伊太利亜名家の画ける絵のほとんど真黒になりたるを掛けあり。壁の貼紙は明色、ほとんど白色にして隠起せる模様及金箔の装飾を施せり。主人クラウヂオ。(独窓の傍に座しおる。夕陽夕陽の照す濡った空気に包まれて山々・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・一九二五、四月一日 火曜日 晴今日から新らしい一学期だ。けれども学校へ行っても何だか張合いがなかった。一年生はまだはいらないし三年生は居ない。居ないのでないもうこっちが三年生なのだが、あの挨拶を待ってそっと横眼で威張・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
・・・これからは第二学期で秋です。むかしから秋はいちばんからだもこころもひきしまって、勉強のできる時だといってあるのです。ですから、みなさんもきょうからまたいっしょにしっかり勉強しましょう。それからこのお休みの間にみなさんのお友だちが一人ふえまし・・・ 宮沢賢治 「風の又三郎」
・・・ そして青い橄欖の森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗らされてずうっとかすかになりました。「あ孔雀が居るよ。」「ええた・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
・・・ みんなは気の毒そうにしてわざとじぶんの譜をのぞき込んだりじぶんの楽器をはじいて見たりしています。ゴーシュはあわてて糸を直しました。これはじつはゴーシュも悪いのですがセロもずいぶん悪いのでした。「今の前の小節から。はいっ。」 み・・・ 宮沢賢治 「セロ弾きのゴーシュ」
「煙山にエレッキのやなぎの木があるよ。」 藤原慶次郎がだしぬけに私に云いました。私たちがみんな教室に入って、机に座り、先生はまだ教員室に寄っている間でした。尋常四年の二学期のはじめ頃だったと思います。「エレキの楊の木・・・ 宮沢賢治 「鳥をとるやなぎ」
・・・ その時向うから、トッテントッテントッテンテンと、チャリネルという楽器を叩いて、小さな赤い旗をたてた車が、ほんの少しずつこっちへやって来ました。見物のばけものがまるで赤山のようにそのまわりについて参ります。 ペンネンネンネンネン・ネ・・・ 宮沢賢治 「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」
・・・ その音にまじってたしかに別の楽器や人のがやがや云う声が、時々ちらっときこえてまたわからなくなりました。 しばらく行ってファゼーロがいきなり立ちどまって、わたくしの腕をつかみながら、西の野原のはてを指しました。わたくしもそっちをすか・・・ 宮沢賢治 「ポラーノの広場」
・・・新学期からずうっと使っていた鉛筆です。おじいさんと一緒に町へ行って習字手本や読方の本と一緒に買って来た鉛筆でした。いくらみじかくなったってまだまだ使えたのです。使えないからってそれでも面白いいい鉛筆なのです。キッコは樺の林の間を行きまし・・・ 宮沢賢治 「みじかい木ぺん」
出典:青空文庫