・・・「おう、翁とばかりでは御合点まいるまい。ありようは、五条の道祖神でござる。」「その道祖神が、何としてこれへ見えた。」「御経を承わり申した嬉しさに、せめて一語なりとも御礼申そうとて、罷り出たのでござる。」 阿闍梨は不審らしく眉・・・ 芥川竜之介 「道祖問答」
・・・しかし汽車が今将に隧道の口へさしかかろうとしている事は、暮色の中に枯草ばかり明い両側の山腹が、間近く窓側に迫って来たのでも、すぐに合点の行く事であった。にも関らずこの小娘は、わざわざしめてある窓の戸を下そうとする、――その理由が私には呑みこ・・・ 芥川竜之介 「蜜柑」
・・・な。合点か。人間業では及ばぬ事じゃでな」 笠井はそういってしたり顔をした。仁右衛門の妻は泣きながら手を合せた。 赤坊は続けさまに血を下した。そして小屋の中が真暗になった日のくれぐれに、何物にか助けを求める成人のような表情を眼に現わし・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・宿屋の硯を仮寝の床に、路の記の端に書き入れて、一寸御見に入れたりしを、正綴にした今度の新版、さあさあかわりました双六と、だませば小児衆も合点せず。伊勢は七度よいところ、いざ御案内者で客を招けば、おらあ熊野へも三度目じゃと、いわれてお供に早が・・・ 泉鏡花 「伊勢之巻」
・・・「おおよそ御合点と見うけたてまつる。赤沼の三郎、仕返しは、どの様に望むかの。まさかに、生命を奪ろうとは思うまい。厳しゅうて笛吹は眇、女どもは片耳殺ぐか、鼻を削るか、蹇、跛どころかの――軽うて、気絶……やがて、息を吹返さすかの。」「え・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・予は細君と合点してるが、初めてであるから岡村の引合せを待ってるけれど、岡村は暢気に済してる。細君は腰を半ば上りはなに掛けたなり、予に対して鄭嚀に挨拶を始めた、詞は判らないが改まった挨拶ぶりに、予もあわてて初対面の挨拶お定まりにやる。子供二人・・・ 伊藤左千夫 「浜菊」
・・・否、恋がたきとして競争する必要もないが、吉弥が女優になりたいなどは真ッかなうそだと合点した。急に胸がむかむかとして来ずにはいられなかった。その様子がかの女には見えたかも知れないが、僕はこれを顔にも見せないつもりで、いそいで衣服をつけてそこを・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・金城鉄壁ならざる丸善の店が焼けるに決して不思議は無い筈だが、今朝焼けるとも想像していないから、此簡単な仮名七字が全然合点めなかった。 且此朝は四時半から目が覚めていた。火事があったら半鐘の音ぐらい聞えそうなもんだったが、出火の報鐘さえ聞・・・ 内田魯庵 「灰燼十万巻」
・・・というと直ぐに合点したもんだ。二葉亭も来る度毎に必ずこの常例の釜揚を賞翫したが、一つでは足りないで二つまでペロリと平らげる事が度々であった。 二葉亭の恩師古川常一郎も交友間に聞えた食道楽であった。かつて或る暴風雨の日に俄に鰻が喰いたくな・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・お光は合点の行かぬ顔をして、「なぜね?」「へへへ、でもお寂しそうに見えますもの……」と胡散くさい目をしながら、「何は、金之助さんは四五日見えませんね?」 お光は黙って顔を眺めた。「あの人は何でしょう、前から何も親方と知合いという・・・ 小栗風葉 「深川女房」
出典:青空文庫