・・・ 夜食が済むと座敷を取り片付けるので母屋の方は騒いでいたが、それが済むと長屋の者や近所の者がそろそろ集まって来て、がやがやしゃべるのが聞こえる。日はとっぷり暮れたが月はまだ登らない、時田は燈火も点けないで片足を敷居の上に延ばし、柱に倚り・・・ 国木田独歩 「郊外」
・・・ するとがやがやと男女打雑じって、ふざけながら上って来るものがある。「淋しいじゃ有りませぬか、帰りましょうよ。最早こんな処つまりませんわ」という女の声は確かにお光。自分はぎょっとして起あがろうとしたが、直ぐ其処に近づいて来たのでその・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・なんでも十時ごろまで外はがやがや話し声が聞えていましたがそのうちだんだん静かになりお俊もおとなしく内に引っ込んだらしかったのです。私は眠られないのと熱つ苦しいとで、床を出ましてしばらく長火鉢の傍でマッチで煙草を喫っていましたが、外へ出て見る・・・ 国木田独歩 「女難」
・・・一同が茶の間に集まってがやがやと今日の見聞を今一度繰返して話合うのであった。お清は勿論、真蔵も引出されて相槌を打って聞かなければならない。礼ちゃんが新橋の勧工場で大きな人形を強請って困らしたの、電車の中に泥酔者が居て衆人を苦しめたの、真蔵に・・・ 国木田独歩 「竹の木戸」
・・・釣も釣でおもしろいが、自分はその平野の中の緩い流れの附近の、平凡といえば平凡だが、何ら特異のことのない和易安閑たる景色を好もしく感じて、そうして自然に抱かれて幾時間を過すのを、東京のがやがやした綺羅びやかな境界に神経を消耗させながら享受する・・・ 幸田露伴 「蘆声」
・・・ がやがや、うしろの青年少女の一団が、立ち上って下車の仕度をはじめ、富士見駅で降りてしまった。笠井さんは、少し、ほっとした。やはり、なんだか、気取っていたのである。笠井さんは、そんなに有名な作家では無いけれども、それでも、誰か見ている、・・・ 太宰治 「八十八夜」
・・・右報告、と捨てぜりふのように、さも苦々しく言い切って壇を下りると、またがやがやと騒ぐ声が一しきりした。 それから、入れ代って色々の演説があった。そのうちのある人は若々しい色艶と漆黒の毛髪の持主で、女のようなやさしい声で永々と陳述した。そ・・・ 寺田寅彦 「議会の印象」
・・・一段畢ると家の内はがやがやと騒がしく成る。煙草の烟がランプをめぐって薄く拡がる。瞽女は危ふげな手の運びようをして撥を絃へ挿んで三味線を側へ置いてぐったりとする。耳にばかり手頼る彼等の癖として俯向き加減にして凝然とする。そうかと思うとランプを・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・台所の方で誰か三、四人の声ががやがやしているそのなかでいまの声がしたのだ。 ランプがいつか心をすっかり細められて障子には月の光が斜めに青じろく射している。盆の十六日の次の夜なので剣舞の太鼓でも叩いたじいさんらなのかそれともさっきのこのう・・・ 宮沢賢治 「泉ある家」
・・・ みんなはあっけにとられてがやがや家に帰って見ましたら、粟はちゃんと納屋に戻っていました。そこでみんなは、笑って粟もちをこしらえて、四つの森に持って行きました。 中でもぬすと森には、いちばんたくさん持って行きました。その代り少し砂が・・・ 宮沢賢治 「狼森と笊森、盗森」
出典:青空文庫