・・・売っても可いそうな肱掛椅子に反身の頬杖。がらくた壇上に張交ぜの二枚屏風、ずんどの銅の花瓶に、からびたコスモスを投込んで、新式な家庭を見せると、隣の同じ道具屋の亭主は、炬燵櫓に、ちょんと乗って、胡坐を小さく、風除けに、葛籠を押立てて、天窓から・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・あのがらくた店へ怒鳴り込んでやる!」「そう、目の色まで変えないで、さ――先生の前じゃアないか、ね。実は、ね、半分だけあす渡すと言うんだよ」「半分ぐらいしようがないよ、しみッたれな!」「それがこうなんだよ、お前を引かせる以上は青木・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・そして、バイオリンは他のがらくたといっしょに車につけて、どこへか運び去られました。 車が、でこぼこの道をゆきますと轍がおどって、そのたびにバイオリンは車の上から悲しいうなり音をたてたのであります。 松蔵は、目に、いっぱいの涙をためて・・・ 小川未明 「海のかなた」
・・・こわれた道具や、不用のがらくたを買ってくれというのでした。「はい、はい。」といって、おじいさんは、一つ一つ、その品物に目を通しました。「この植木鉢も、持っていってくださいませんか。」と、おかみさんらしい人がいいました。 それは、・・・ 小川未明 「おじいさんが捨てたら」
・・・風景にしても壊れかかった街だとか、その街にしてもよそよそしい表通りよりもどこか親しみのある、汚い洗濯物が干してあったりがらくたが転がしてあったりむさくるしい部屋が覗いていたりする裏通りが好きであった。雨や風が蝕んでやがて土に帰ってしまう、と・・・ 梶井基次郎 「檸檬」
・・・ 嫌悪すべき壮年期が如何に人生のがらくたを一杯引っくり返してあらわれてこようとも、せめて美しく、清らかな青春時代を持たねばならぬ。ましてその青春を学窓にあってすごし得ることは、五百人に一人しか恵まれない幸福である。それは学生諸君が自分で・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・ 彼等は、そこに、がらくたばかりが這入っているのを見ると、腹立たしげに、それを床の上に叩きつけた。 永井は、戦友達と共に、谷間へ馳せ下った。触れるとすぐ枝から離れて軍服一面に青い実が附着する泥棒草の草むらや、石崖や、灌木の株があ・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・(家来ランプを点して持ち来り、置いて帰り行ええ、またこの燈火が照すと、己の部屋のがらくた道具が見える。これが己の求める物に達する真直な道を見る事の出来ない時、厭な間道を探し損なった記念品だ。この十字架に掛けられていなさる耶蘇殿は定めて身に覚・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・の中にがらくた中学として有名だった郁文館の中学生のボール悪戯が描かれているのを知らぬものはない。「三四郎」には、明治四十年代の団子坂名物であった菊人形のこともあるし、田端と本郷台との間の田圃のあたりも描かれている。 後年渡辺治衛門という・・・ 宮本百合子 「田端の汽車そのほか」
・・・「まあどうしたんだろう、 誰が此那がらくたを引っくり返したんだろうね。と云って、小さい紅絹の布や貝ボタンをひねくりながら、若しかすると母が、夜中に気分でも悪くして、薬をさがしたのじゃあるまいかなどと思って見た。 けれ・・・ 宮本百合子 「盗難」
出典:青空文庫