・・・家を捜すのにほっとすると、実験装置の器具を注文に本郷へ出、大槻の下宿へ寄った。中学校も高等学校も大学も一緒だったが、その友人は文科にいた。携わっている方面も異い、気質も異っていたが、彼らは昔から親しく往来し互いの生活に干渉し合っていた。こと・・・ 梶井基次郎 「雪後」
・・・そんなことを思い出した末、私はその年少の友の反省の為に、大切に使われよく繕われた古い器具の奥床しさを折があれば云って見たいと思いました。ひびへ漆を入れた茶器を現に二人が讃めたことがあったのです。 紅潮した身体には細い血管までがうっすら膨・・・ 梶井基次郎 「橡の花」
・・・ 兵士達は、それを繰りかえしながら、金目になる金や銀でこしらえた器具が這入っていそうな、戸棚や、机の引出しをこわれるのもかまわず、引きあけた。 彼等は、そこに、がらくたばかりが這入っているのを見ると、腹立たしげに、それを床の上に叩き・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・娘をメリケン兵に横取りされる危惧もそこから起ってくる。「何で、俺の肩章が分らんのだ! 何で俺のさげとる軍刀が分らんのだ!」 それが不思議だった。胸は鬱憤としていっぱいだった。「もっと思うさまやってやればよかったんだ! やってやら・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・ おふくろは、息子が泥棒でもやっているのではないか、そんな危惧をさえ抱かせられていた。 僕等は、さっぱりとした。田も、畠も、金も、係累もなくなってしまった。すきなところへとんで行けた。すきな事をやることが出来た。 トシエの親爺の・・・ 黒島伝治 「浮動する地価」
・・・ 京一は、第一、醸造場のいろいろな器具の名前を皆目知らなかった。槽を使う(諸味を醤油袋に入れて搾り槽時に諸味を汲む桃桶を持って来いと云われて見当違いな溜桶をさげて来て皆なに笑われたりした。馴れない仕事のために、肩や腰が痛んだり、手足が棒・・・ 黒島伝治 「まかないの棒」
・・・落ちぶれたと言っても、さすがに、きちんとした二部屋のアパートにいたが、いつも隅々まで拭き掃除が行きとどき、殊にも台所の器具は清潔であった。第二には、そのひとは少しも私に惚れていない事であった。そうして私もまた、少しもそのひとに惚れていないの・・・ 太宰治 「メリイクリスマス」
・・・ 人間の使ういろいろな器具器械でも一目見てなんとなくいい格好をしたものはたいてい使ってぐあいがよい。物理学実験に使われる精密器械でさえも設計のまずい使ってぐあいの悪いようなのはどことなく見た格好が悪いというのが自分の年来の経験である。・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・ある人は言語の有無をもって人間と動物との区別の標識としたら宜いだろうと云い、またある人は道具あるいは器具の使用の有無を準拠とするのが適当だろうという。私にはどちらが宜いか分らない。しかしこの言語と道具という二つのものを、人間の始原と結び付け・・・ 寺田寅彦 「言語と道具」
・・・という、えたいの知れぬ人工的非科学的な因子が、送風器械としては本来科学的であるべき器具の設計に影響を及ぼすものかと驚かれるくらいである。しかし、考えてみると、団扇や扇のようなものは元来どこまでが実用品で、どこまでが玩弄品であるか、それはわか・・・ 寺田寅彦 「錯覚数題」
出典:青空文庫