・・・ 少時の後茶店を出て来しなに、巻煙草を耳に挟んだ男は、トロッコの側にいる良平に新聞紙に包んだ駄菓子をくれた。良平は冷淡に「難有う」と云った。が、直に冷淡にしては、相手にすまないと思い直した。彼はその冷淡さを取り繕うように、包み菓子の一つ・・・ 芥川竜之介 「トロッコ」
・・・ 田口は、今、こゝへ来しなにメリケン兵の警戒隊に喧嘩を吹っかけられた、と告げた。二三日前、将校が軍刀を抜いたのがもとで、両方が、いがみ合っている。メリケン兵とも衝突するかもしれない。 そこへ軍医が出て来た。あとから、看護長がついてき・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・雨は落ちて来しなに、空中の有毒瓦斯を溶解して来る。 長屋の背後の二すじの連山には、茅ばかりが、かさ/\と生い茂って、昔の巨大な松の樹は、虫歯のように立ったまゝ点々と朽ちていた。 灰色の空が、その上から低く、陰鬱に蔽いかぶさっていた。・・・ 黒島伝治 「土鼠と落盤」
出典:青空文庫