・・・しかも坂田がこの詞を観戦記者に語ったのは、そのような永年の妻子の苦労や坂田自身の棋士としての運命を懸けた一生一代の対局の最中であった。一生苦労しつづけて死んだ細君の代りに、せめてもに娘にこれが父親の自分が遺すことの出来る唯一の遺産だといって・・・ 織田作之助 「勝負師」
・・・貴公子や騎士の出現、ここにこうして書くだけでもぞっとする。けれど、私だって世間並みに一人の娘、矢張り何かが訪れて来そうな、思いも掛けぬことが起りそうな、そんな憧れ、といって悪ければ、期待はもっていた。だから、いきなり殺風景な写真を見せつけら・・・ 織田作之助 「天衣無縫」
・・・たとえば「白衣の騎士」などもやはり同じ定型に属するものと見ることができはしないかと思う。この型の映画は見たあとで物語の筋などは霧のように消えてしまうが、ただ筋とはたいした関係もないような若干の場面の視覚的印象だけがかなり鮮明に残留するようで・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・この三人が、姫君のためにはハッピーエンド、彼らの目には悲劇であるかもしれない全編の終局の後に、短いエピローグとして現われ、この劇の当初からかかっていた刺繍のおとぎ話の騎士の絵のできあがったのを広げてそうして魔女のような老嬢の笑いを笑う。運命・・・ 寺田寅彦 「音楽的映画としての「ラヴ・ミ・トゥナイト」」
・・・自分の能力を計らないで六かしい学問に志していっぱしの騎士になったつもりで武者修行に出かけて、そうしてつまらない問題ととっ組み合って怪物のつもりでただの羊を仕とめてみたり、風車に突きかかって空中に釣り上げられるような目に会ったことはなかったか・・・ 寺田寅彦 「雑記帳より(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・ こういうことは、貴誌の方々には珍しくも何でもないことと思いますが、ただ平生から思っていることでありますから、これだけのことを申上げて、御懇ろな御手紙に対する御返事に代えることと致したいと思います。どうか悪しからず御諒察を願います。・・・ 寺田寅彦 「書簡(2[#「2」はローマ数字2、1-13-22])」
・・・それは真犯人の旧騎士吉田を今の新聞記者吉田に仕立ててそれをこの法廷の記者席の一隅に、しかも見物人にちょうどその目標となるべき左の顋下の大きな痣を向けるように坐らせておく必要があるのである。 夕刊売りが問題の夜更けに問題のアパート階上の洗・・・ 寺田寅彦 「初冬の日記から」
・・・それから古代の騎士の風をした行列が続く。絵画、音楽、詩などを代表した花車も来る。赤十字の旗を立てた救護隊も交じっている。ずっとあとから「女皇中の女皇」マドムアゼルなにがしと言うのが花車の最高段の玉座に冠をいただいてすわっている。それからいろ・・・ 寺田寅彦 「先生への通信」
・・・ 一 夢 百、二百、簇がる騎士は数をつくして北の方なる試合へと急げば、石に古りたるカメロットの館には、ただ王妃ギニヴィアの長く牽く衣の裾の響のみ残る。 薄紅の一枚をむざとばかりに肩より投げ懸けて、白き二の腕さえ明・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・をもう一遍繰り返す「しかし……今度の土曜は天気でしょうか」旗幟の鮮明ならざること夥しい誰に聞いたって、そんな事が分るものか、さてもこの勝負男の方負とや見たりけん、審判官たる主人は仲裁乎として口を開いて曰く、日はきめんでもいずれそのうち私が自・・・ 夏目漱石 「自転車日記」
出典:青空文庫