・・・いつも、きちっと痛いほど襟元を固く合せている四十歳前後の、その女将は、青白い顔をして出て来て、冷く挨拶した。「お泊りで、ございますか。」 女将は、笠井さんを見覚えていない様子であった。「お願いします。」笠井さんは、気弱くあいそ笑いし・・・ 太宰治 「八十八夜」
・・・青年はきちっと口を結んで男の子を見おろしながら云いました。「厭だい。僕もう少し汽車へ乗ってから行くんだい。」 ジョバンニがこらえ兼ねて云いました。「僕たちと一緒に乗って行こう。僕たちどこまでだって行ける切符持ってるんだ。」「・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
・・・ 西の方の野原から連れて来られた三人の雪童子も、みんな顔いろに血の気もなく、きちっと唇を噛んで、お互挨拶さえも交わさずに、もうつづけざませわしく革むちを鳴らし行ったり来たりしました。もうどこが丘だか雪けむりだか空だかさえもわからなかった・・・ 宮沢賢治 「水仙月の四日」
・・・ 奥さんがずぼらななりをして居るのに、いつもその子は、きちっとした風をして居た。 ちょくちょく下の妹もつれて来た。 ちょんびりな髪をお下げに結んで、重みでぬけて行きそうなリボンなどをかけて、大きな袂の小ざっぱりとしたのを着せられ・・・ 宮本百合子 「二十三番地」
出典:青空文庫