・・・といったような人間味の希薄なものを読みふけったのであった。それから「西遊記」、「椿説弓張月」、「南総里見八犬伝」などでやや「人情」がかった読み物への入門をした。親戚の家にあった為永春水の「春色梅暦春告鳥」という危険な書物の一部を、禁断の木の・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・つまり定住した人口が希薄なせいかもしれない。冬になればこのへんはほとんど無人境になるそうであるから。 そう言えば、すずめもいっこうに見かけない。御代田へんまで行くとたくさんいるそうである。このすずめの分布は五穀の分布でだいたいは説明がで・・・ 寺田寅彦 「軽井沢」
・・・蛮地では人煙が稀薄であり、聚落の上に煙の立つのは民の竈の賑わえる表徴である。現代都市の繁栄は空気の汚濁の程度で測られる。軍国の兵力の強さもある意味ではどれだけ多くの火薬やガソリンや石炭や重油の煙を作り得るかという点に関係するように思われる。・・・ 寺田寅彦 「喫煙四十年」
・・・さて、このすえ付け作業がすむと今度は、両手を希薄な泥汁に浸したのちに、その手で回転する団塊の胴を両方から押えながら下から上へとだんだんなで上げると、今まではただの不規則な土塊であったものが、「回転的対称」という一つの統整原理の生命を吹き込ま・・・ 寺田寅彦 「空想日録」
・・・さればこれらの心なき芸術家によりて新に興さるる新しき文学、新しき劇、新しき絵画、新しき音楽が如何にも皮相的にして精神気魄に乏しきはむしろ当然の話である。当節の文学雑誌の紙質の粗悪に植字の誤り多く、体裁の卑俗な事も、単に経済的事情のためとのみ・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・然るに今や老年と疾病とはあらゆる希望と気魄とを蹂み躙ろうとしている。此の時に当って、曾て夜々紐育に巴里にまた里昂の劇場に聞き馴れた音楽を、偶然二十年の後、本国の都に聴く。わたくしは無量の感慨に打たれざるを得ない。 顧るにオペラの始て帝国・・・ 永井荷風 「帝国劇場のオペラ」
・・・すでに個々介立の弊が相互の知識の欠乏と同情の稀薄から起ったとすれば、我々は自分の家業商売に逐われて日もまた足らぬ時間しかもたない身分であるにもかかわらず、その乏しい余裕を割いて一般の人間を広く了解しまたこれに同情し得る程度に互の温味を醸す法・・・ 夏目漱石 「道楽と職業」
・・・に意識の連続において一致するならば、一歩進んで全然その作物の奥より閃めき出ずる真と善と美と壮に合して、未来の生活上に消えがたき痕跡を残すならば、なお進んで還元的感化の妙境に達し得るならば、文芸家の精神気魄は無形の伝染により、社会の大意識に影・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・ こけももには赤い実もついていたのです。 白いそらが高原の上いっぱいに張って高陵産の磁器よりもっと冷たく白いのでした。 稀薄な空気がみんみん鳴っていましたがそれは多分は白磁器の雲の向うをさびしく渡った日輪がもう高原の西を劃る黒い・・・ 宮沢賢治 「インドラの網」
・・・ 短い月日の間に、はげしく推移する情勢に応じて書かれた一九三三年ごろの諸評論には、いそいで刻下に必要な階級文化のための土台ごしらえを堅めようとする著者のたたかいの気迫がみなぎっている。そのたたかいの気迫、抵抗の猛勇な精神は、その情勢の中・・・ 宮本百合子 「巖の花」
出典:青空文庫