・・・その堂々たる万年筆を、しかと右手に握って胸を張り、きゅっと口を引き締め、まことに立派な態度で一字一字、はっきり大きく書いてはいるが、惜しい事には、この長兄には、弟妹ほどの物語の才能が無いようである。弟妹たちは、それゆえ此の長兄を少しく、なめ・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・ 私は笑うともなく唇をきゅっとまげて又子供等の方に又目をやって居た。 丁度その時、大きい兄は弟や妹達に、鍋の中からホコホコに湯気の立つ薯を一つずつわけ始めて居る。 兄弟中で一番年嵩で、又、一番悪智恵にも長けて居る兄は、皆の顔を一・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・襟巻をきゅっと引きつけ志津は街燈のついた往来へ出て行った。 四 明るい冬の日光が窓からさし込んで室内に流れた。土曜日だ。もう往来で遊んでいる子供の声が、彼等の二階まで聞えた。ダーリヤ・パヴロヴナはゆったり長い膝・・・ 宮本百合子 「街」
出典:青空文庫