・・・絶対の境界は失われた楽園である。 人が一事を思うその瞬時にアンチセシスが起こる。 それでどうして二つの道を一条に歩んで行くことができようぞ。 ある者は中庸ということを言った。多くの人はこれをもって二つの道を一つの道になしえた努力・・・ 有島武郎 「二つの道」
・・・ つれは、毛利一樹、という画工さんで、多分、挿画家協会会員の中に、芳名が列っていようと思う。私は、当日、小作の挿画のために、場所の実写を誂えるのに同行して、麻布我善坊から、狸穴辺――化けるのかと、すぐまたおなかまから苦情が出そうである。・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・地震、と欄干につかまって、目を返す、森を隔てて、煉瓦の建もの、教会らしい尖塔の雲端に、稲妻が蛇のように縦にはしる。 静寂、深山に似たる時、這う子が火のつくように、山伏の裙を取って泣出した。 トウン――と、足拍子を踏むと、膝を敷き、落・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・あの人たちに訳を話すと、おなじ境界にある夥間だ、よくのみ込むであろうから、爺さんをお前さんの父親、小児を弟に、不意に尋ねて来た分に、治兵衛の方へ構えるが可い。場合によれば、表向き、治兵衛をここへ呼んで逢わせるも可かろう。あの盲いた人、あの、・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・ 丁度巌本善治の明治女学校が創立された時代で、教会の奥に隠れたキリスト教婦人が街頭に出でて活動し初めた。九十の老齢で今なお病を養いつつ女の頭領として仰がれる矢島楫子刀自を初め今は疾くに鬼籍に入った木村鐙子夫人や中島湘烟夫人は皆当時に崛起・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・例えば左にも右くにも文部省が功労者と認めて選奨した坪内博士、如何なる偏見を抱いて見るも穏健老実なる紳士と認めらるべき思想界の長老たる坪内氏が、経営する文芸協会の興行たる『故郷』の上場を何等の内論も質問もなく一令を下して直ちに禁止する如き、恰・・・ 内田魯庵 「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」
・・・ 文芸協会の成功は更に一層明白な事実である。腹蔵なくいえば文芸協会の芝居がそれほど立派なものだとは思わぬ。少くも見物してそれほど面白いとも思わぬ。沙翁劇にしろイブセンにしろ、本を読んだ時に与えられた以上の印象を受けたという事は出来ぬ。私・・・ 内田魯庵 「明治の文学の開拓者」
・・・なるほどここにも学校が建った、ここにも教会が建った、ここにも青年会館が建った、ドウして建ったろうといってだんだん読んでみますと、この人はアメリカへ行って金をもらってきて建てた、あるいはこの人はこういう運動をして建てたということがある。そこで・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・人の有なれば也、現世に在りては義のために責められ、来世に在りては義のために誉めらる、単に普通一般の義のために責めらるるに止まらず、更に進んで天国と其義のために責めらる、即ちキリストの福音のために此世と教会とに迫害らる、栄光此上なしである、我・・・ 内村鑑三 「聖書の読方」
・・・トーヴァルセンを出して世界の彫刻術に一新紀元を劃し、アンデルセンを出して近世お伽話の元祖たらしめ、キェルケゴールを出して無教会主義のキリスト教を世界に唱えしめしデンマークは、実に柔和なる牝牛の産をもって立つ小にして静かなる国であります。・・・ 内村鑑三 「デンマルク国の話」
出典:青空文庫