・・・このごろ出版協会の文化委員会に出る婦人雑誌のリストの中で『働く婦人』が首位を占める数種の中にちゃんと自分の歴史的な位置をしめしているのを、わたしはいつも感情にふれるものとしてながめる。『働く婦人』三月号に、村山知義さんの「結婚」という連・・・ 宮本百合子 「さしえ」
・・・ とっつきが国防科学協会の研究室だ。壁にかかってる毒ガス演習の実写、飛行機図解、銃器図解の前へ数人若い男女がかたまって案内の豆電燈をつけたり消したりしているのが見える。「帝国主義トファッシズムニ対抗セヨ」赤いプラカート。 戸のしまっ・・・ 宮本百合子 「三月八日は女の日だ」
・・・これまでの放送協会の仕事ぶりには、いろいろの批判が加えられなければならない。内部の運営が民主的でないこと、プログラム編成が低俗であり昨今は労働、農民、報道、子供のための放送にはっきり民主化からの後退が示されてきていることが世論にのぼっている・・・ 宮本百合子 「三年たった今日」
・・・「明日の朝、教誨師さんに特別面会を願ってよくお願いして其から下げて貰うんですよ」 私には写真のあらましも想像のつくことであったし、そういう特殊な役目のひとにはそれまで厄介になっていず、そういうことまでして、文章の方により活々と描かれ・・・ 宮本百合子 「写真」
・・・極度の静謐、すっかり境界がぼやけ、あらゆる固執を失った心と対象との間に、自ら湧き起る感興、想念と云うもので先ずその第一歩を踏み出すのが創作の最も自然な心の態度らしく感ぜられ始めたのである。何たる沈黙、沈黙を聞取ろうと耳傾ける沈黙――人が、己・・・ 宮本百合子 「透き徹る秋」
・・・陸の境界をそれぞれの山で区切られている国々は、大分にしろ、宮崎にしろ、特色をはっきり保有している。鹿児島と長崎など、ただ一夜汽車に乗るだけで、見ぬものにこうも違おうとは考えられまい。私の願いは、いつかもう一遍、これ等の国々を、汽車の線路より・・・ 宮本百合子 「長崎の印象」
・・・恋愛、結婚が、内容に於ては実に個性的なものであると知り種々な成就の事実、失敗の事実に面した時、明かな理解と同情、並に混乱しない自他の境界を認めてそれを経験し考察し、深く静に各人の途を自ら見出して行くのが、健康な文化社会人の態度ではあるまいか・・・ 宮本百合子 「深く静に各自の路を見出せ」
・・・父の心を測りかねていた五人の子供らは、このとき悲しくはあったが、それと同時にこれまでの不安心な境界を一歩離れて、重荷の一つをおろしたように感じた。「兄き」と二男弥五兵衛が嫡子に言った。「兄弟喧嘩をするなと、お父っさんは言いおいた。それに・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・新聞に従事して居る程の人は固より知って居られるであろうが、今の分業の世の中では、批評というものは一の職業であって、能評の功を成就せんと欲するには、始終その所評の境界に接して居ねばならぬ、否身をその境界に置いて居ねばならぬものだ。文壇とは何で・・・ 森鴎外 「鴎外漁史とは誰ぞ」
・・・しかし花房はそういう境界には到らずにしまった。花房はまだ病人が人間に見えているうちに、病人を扱わないようになってしまった。そしてその記憶には唯 Curiosa が残っている。作者が漫然と医者の術語を用いて、これに Casuistica と題・・・ 森鴎外 「カズイスチカ」
出典:青空文庫