・・・急湍は叫喚し怒号し、白く沸々と煮えたぎって跳奔している始末なので、よほどの大声でなければ、何を言っても聞えないのです。私は、よほどの大声で、「毎日たいへんですね!」と絶叫しました。けれども、やっぱり奔湍の叫喚にもみくちゃにされて聞えないので・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・枕の下に、すさまじい車輪疾駆の叫喚。けれども、私は眠らなければならぬ。眼をつぶる。イマハ山中、イマハ浜、――童女があわれな声で、それを歌っているのが、車輪の怒号の奥底から聞えて来るのである。 祖国を愛する情熱、それを持っていない人があろ・・・ 太宰治 「鴎」
・・・けれども、いま書き抜いてみた一文には、多少の共感を覚えたのです。日本には、戦争の時には、ちっとも役に立たなくても、平和になると、のびのびと驥足をのばし、美しい平和の歌を歌い上げる作家も、いるのだということを、お忘れにならないようにして下さい・・・ 太宰治 「三月三十日」
・・・駅に着き、すぐ長い列の中にはいって、八時間待ち、午後十時十分発の奥羽線まわり青森行きに乗ろうとしたが、折あしく改札直前に警報が出て構内は一瞬のうちに真暗になり、もう列も順番もあったものでなく、異様な大叫喚と共に群集が改札口に殺到し、私たちは・・・ 太宰治 「十五年間」
・・・ それにまた、彼の談話たるや、すこしも私の共感をそそってはくれないのである。それは何も私が教養ある上品な人物で相手は無学な田舎親爺だからというわけではなかった。そんな事は、絶対に無い。私は全然無教養な淫売婦と、「人生の真実」とでもいった・・・ 太宰治 「親友交歓」
・・・て晴川閣と何事か昔を語り合い、帆影点々といそがしげに江上を往来し、更にすすめば大別山の高峰眼下にあり、麓には水漫々の月湖ひろがり、更に北方には漢水蜿蜒と天際に流れ、東洋のヴェニス一眸の中に収り、「わが郷関何れの処ぞ是なる、煙波江上、人をして・・・ 太宰治 「竹青」
・・・ああ、かの壇上の青黒き皮膚、痩狗そのままに、くちばし突出、身の丈ひょろひょろと六尺にちかき、かたち老いたる童子、実は、れいの高い高いの立葵の精は、この満場の拍手、叫喚の怒濤を、目に見、耳に聞き、この奇現象、すべて彼が道化役者そのままの、おか・・・ 太宰治 「二十世紀旗手」
・・・テの地獄篇の初めに出てくるあのエルギリウスとか何とかいう老詩人の如く、余りに久しくもの言わざりしにより声しわがれ、急に、諸君の眠りを覚ます程の水際立った響きのことは書けないかも知れないが、次第に諸君の共感を得る筈だと確信して、こうして書いて・・・ 太宰治 「如是我聞」
・・・いつか、むかし、あのとき、その人に寄せた共感を、ただそれだけを、いま実感として、ちらと再び掴みたい。けれども、それは、いかにしても、だめであった。浦島太郎。ふっと気がついたときには、白髪の老人になっていた。遠い。アンドレア・デル・サルトとは・・・ 太宰治 「八十八夜」
・・・ と瞑目して深く念じて放ちたる弦は、わが耳をびゅんと撃ちて、いやもう痛いのなんの、そこら中を走り狂い叫喚したき程の劇痛に有之候えども、南無八幡! とかすれたる声もて呻き念じ、辛じて堪え忍ぶ有様に御座候。然れども、之を以て直ちに老生の武術に於・・・ 太宰治 「花吹雪」
出典:青空文庫