・・・けれども、人民の生活と、それを徹底的に傷つけた支配階級の関係を実際に立って観察すれば、兇器を持って私達の生活を攪乱するその人々をも含めて、私たち人民がすべて、強権と犯罪的な戦争による被害者である。 このことは明瞭に自覚されなければならな・・・ 宮本百合子 「私たちの建設」
・・・絶えず隙間を狙う兇器の群れや、嫉視中傷の起す焔は何を謀むか知れたものでもない。もし戦争が敗けたとすれば、その日のうちに銃殺されることも必定である。もし勝ったとしても、用がすめば、そんな危険な人物を人は生かして置くものだろうか。いや、危い。と・・・ 横光利一 「微笑」
・・・ かの皮肉なバアナアド・ショオをして心からの讃美と狂喜とをなさしめたエレオノラ・デュウゼ。 僕はシモンズ氏によって今少しくこの慕わしい女優の芸術を讃美しようと思う。 デュウゼは世界のあらゆる女優よりも複雑な底のある性格をもってい・・・ 和辻哲郎 「エレオノラ・デュウゼ」
・・・香は失せ色は褪せてほとんど狂気になるばかりであった。彼女は己が踏む道の上にあって、十字架を負った人のように烈しくあえいだ。今にも倒れそうな危うい歩きようである。 風聞が伝わった。「彼女病めり。」 彼女はこの時より一層高いある者を慕い・・・ 和辻哲郎 「エレオノラ・デュウゼ」
・・・だから原敬を暗殺した中岡良一が死刑に処せられないときまったとき、父は驚喜して当時の裁判長を名判官とたたえた。かくのごとく父は、私利をはかって超個人的道義的任務を忘れたものをすべて腐敗せるものとして憎悪する。自己の身命を超個人的道義的任務に捧・・・ 和辻哲郎 「蝸牛の角」
・・・却説去廿七日の出来事は実に驚愕恐懼の至に不堪、就ては甚だ狂気浸みたる話に候へ共、年明候へば上京致し心許りの警衛仕度思ひ立ち候が、汝、困る様之事も無之候か、何れ上京致し候はば街頭にて宣伝等も可致候間、早速返報有之度候。新年言志・・・ 和辻哲郎 「蝸牛の角」
・・・我々の眼前に万をもって数うべき人々がそれでもって狂喜し狂奔し狂苦している。さらにまた新しい「神の子」が五指を屈するほどに出現している。それは少なくとも現実である。そうして眼を開いて見るものには、人間の自然である。 これはドストイェフスキ・・・ 和辻哲郎 「「自然」を深めよ」
・・・西洋人は驚喜して、それだそれだと叫び出したというのである。西洋人は彫刻的に完成せられた驚くべき狐の像を想像していたのであった。しかるにその狐は人形使いの動きの中に生きていたのである。 人形がこういうものであるとすると、我々の第一に気づく・・・ 和辻哲郎 「文楽座の人形芝居」
出典:青空文庫