・・・戦争を強行するためには、すべての人民が、理不尽な強権に屈従しなければ不便であった。その目的のために、考え、判断し、発言し、それに準じて行動する能力を奪った。外的な一寸した圧力に、すぐ屈従するように仕つけた。無責任に変転される境遇に、批判なく・・・ 宮本百合子 「その源」
・・・その中で政治的な事件の本質と、検事のとりしらべの強権にふれている。 三鷹事件が、多くの良識ある人にとって不明瞭な性質のものとしてうけとられているからと云って、検事が「でっちあげ」ていいというものだろうか。わたしたち一人一人が、どんなかの・・・ 宮本百合子 「それに偽りがないならば」
・・・各自の精神がどんなにそれを軽蔑していようとも強権と肉体への暴力で、特定の権力と目的とにしたがえさせられた。本郷の帝国大学のある本富士警察の留置場、学校の多い西神田署の留置場などは、東京の警察の乱暴な留置場の中でも、最も看守の粗暴なところであ・・・ 宮本百合子 「誰のために」
・・・は、ジャンルとしての違いがおのずから語っている形成の過程にこそ各々独自なものをもっているが、その根底となる感動、或は感受性というものは、それが人生と文芸とに対して何かの意味で積極なものを含んだ思意的な強健さであるということに於ては一つなのだ・・・ 宮本百合子 「地の塩文学の塩」
・・・でなければ、思想性でないように思う日本文化の一面にある根本的な非思想性は、考えさせまいとする強権に向ったとき、却って人間の権利としての精神的抵抗力を発揮し得なかったのである。 前進するためには、一歩一歩がしっかりとした自覚をもって踏みし・・・ 宮本百合子 「「どう考えるか」に就て」
・・・実はそのコンプレックスで感情を刺戟されるのに、そのことにはふれず、何か外部からの強権を反撥しでもするようなすねかたをすることは、止めるべきだと思います。 民主主義文学の最大の課題は、基盤となる階級の革命的成長とともに、ブルジョア文学の伝・・・ 宮本百合子 「討論に即しての感想」
・・・ロシアの民衆にとって、行くべき道がまだはっきりと示されなかった時代の悲傷が遂に強健なゴーリキイをも害した。彼は書いている。「その時から私は自分をより悪く感じ、自分を何か脇の方から、冷たく、他人のような敵意をもった眼で眺めるようになった」と。・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・人間は目的を持って努力の生活をすれば、自ら身体は強健になり、蓄財も出来、老後は天命を楽しめるのである。「怒るな。働け」と。 今日の生活は、こういう単純な警告に対して、論争はせずに唯笑って過す程、女の社会性は複雑になって来ている。はっきり・・・ 宮本百合子 「私たちの社会生物学」
・・・侍医は彼の傍へ、恭謙な禿頭を近寄せて呟いた。「Trichophycia, Eczema, Marginatum.」 彼は頭を傾け変えるとボナパルトに云った。「閣下、これは東洋の墨をお用いにならなければなりません」 この時から・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
・・・ かくのごとき偶像の再興はまた千年にわたる教権の圧迫への反抗をも意味した。偶像再興者の眼より見れば、教権こそは破壊せらるべき偶像に過ぎないのであった。ついに古い偶像の再興は新しい偶像の破壊の陰に隠れた。古い偶像とともに力強く再興した唯物・・・ 和辻哲郎 「『偶像再興』序言」
出典:青空文庫