・・・学資欠乏し、郷里の大塚氏より十ヵ月間恩借。 一九一五年。大学卒業。井上正夫を浅草に出演せしむる橋渡しをする。同一座の作者となったが、二月目に意見の衝突をして飛び出し、その暮、秋月、川上、喜多村一座の作者となり、舞台監督をやる。 一九・・・ 宮本百合子 「山本有三氏の境地」
・・・と評判する郷里の人たちも、痘痕があって、片目で、背の低い男ぶりを見ては、「仲平さんは不男だ」と蔭言を言わずにはおかぬからである。 滄洲翁は江戸までも修業に出た苦労人である。倅仲平が学問修行も一通り出来て、来年は三十になろうという年に・・・ 森鴎外 「安井夫人」
・・・「お郷里はどちらです。」「A県です。」 ぱっと笑う。「僕の家内もそちらには近い方ですよ。」「どちらです。」と栖方は訊ねた。 T市だと梶が答えると、それではY温泉の松屋を知っているかとまた栖方は訊ねた。知っているばかり・・・ 横光利一 「微笑」
・・・神は教会の神として、教理の神として死んで行った。しかし我らの無限の要求は、この神の死によって煩わされはしない。我らは神の名を失った、しかし我らは彼に付すべき新しい名を求めずにはいられない。彼は「意志」と呼ばれるべきであるか。「絶対者」と言わ・・・ 和辻哲郎 「『偶像再興』序言」
・・・ その藤村が自分の家を建てたいと考え始めたのは、たぶん長男の楠雄さんのために郷里で家を買ったころからであろう。「そういう自分は未だに飯倉の借家住居で、四畳半の書斎でも事はたりると思いながら自分の子のために永住の家を建てようとすることは、・・・ 和辻哲郎 「藤村の個性」
出典:青空文庫