・・・そのうちに僕はすぐ目の前にさざ波のきらきら立っているのを見つけた。さざ波は足もとへ寄って来るにつれ、だんだん一匹の鮒になった。鮒は水の澄んだ中に悠々と尾鰭を動かしていた。「ああ、鮒が声をかけたんだ。」 僕はこう思って安心した。――・・・ 芥川竜之介 「海のほとり」
・・・ 後にはただ極楽の蜘蛛の糸が、きらきらと細く光りながら、月も星もない空の中途に、短く垂れているばかりでございます。三 御釈迦様は極楽の蓮池のふちに立って、この一部始終をじっと見ていらっしゃいましたが、やがて陀多が血の池の・・・ 芥川竜之介 「蜘蛛の糸」
・・・若者の身のまわりには白い泡がきらきらと光って、水を切った手が濡れたまま飛魚が飛ぶように海の上に現われたり隠れたりします。私はそんなことを一生懸命に見つめていました。 とうとう若者の頭と妹の頭とが一つになりました。私は思わず指を口の中から・・・ 有島武郎 「溺れかけた兄妹」
・・・という挨拶だけを彼に残して、矢部は星だけがきらきら輝いた真暗なおもてへ駈け出すように出て行ってしまった。彼はそこに立ったまま、こんな結果になった前後の事情を想像しながら遠ざかってゆく靴音を聞き送っていた。 その晩父は、東京を発った時以来・・・ 有島武郎 「親子」
・・・ 湖水は日の光を浴びて、きらきらと輝いて、横わっている。柳の、日に蒸されて腐る水草のがする。ホテルからは、ナイフやフォオクや皿の音が聞える。投げられた魚は、地の上で短い、特色のある踊をおどる。未開人民の踊のような踊である。そして死ぬる。・・・ 著:アルテンベルクペーター 訳:森鴎外 「釣」
・・・町はずれを、蒼空へ突出た、青い薬研の底かと見るのに、きらきらと眩い水銀を湛えたのは湖の尖端である。 あのあたり、あの空…… と思うのに――雲はなくて、蓮田、水田、畠を掛けて、むくむくと列を造る、あの雲の峰は、海から湧いて地平線上を押・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・……掬い残りの小こい鰯子が、チ、チ、チ、……青い鰭の行列で、巌竃の簀の中を、きらきらきらきら、日南ぼっこ。ニコニコとそれを見い、見い、身のぬらめきに、手唾して、……漁師が網を繕うでしゅ……あの真似をして遊んでいたでしゅ。――処へ、土地ところ・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・その代り天気はきらきらしている。十五日がこの村の祭で明日は宵祭という訣故、野の仕事も今日一渡り極りをつけねばならぬ所から、家中手分けをして野へ出ることになった。それで甘露的恩命が僕等両人に下ったのである。兄夫婦とお増と外に男一人とは中稲の刈・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・ずッと遠くまで並び立った稲の穂は、風に靡いてきらきら光っている。僕は涼風のごとく軽くなり、月光のごとく形なく、里見亭の裏二階へ忍んで行きたかった。しかし、板壁に映った自分の黒い影が、どうも、邪魔になってたまらない。 その影を取り去ってし・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・ 二郎は、寺の前の小さな橋のわきに立って、浅い流れのきらきらと日の光に照らされて、かがやきながら流れているのを、ぼんやりとながめていました。 彼はほんとうに、このときはさびしいと思っていたのであります。 ちょうど、このとき、奥深・・・ 小川未明 「赤い船のお客」
出典:青空文庫