・・・―― 私は感情の激昂に駆られて、思わず筆を岐路に入れたようでございます。 さて、私はその夜以来、一種の不安に襲われはじめました。それは前に掲げました実例通り、ドッペルゲンゲルの出現は、屡々当事者の死を予告するからでございます。しかし・・・ 芥川竜之介 「二つの手紙」
・・・引きはなすようにしてお前たちを母上から遠ざけて帰路につく時には、大抵街燈の光が淡く道路を照していた。玄関を這入ると雇人だけが留守していた。彼等は二三人もいる癖に、残しておいた赤坊のおしめを代えようともしなかった。気持ち悪げに泣き叫ぶ赤坊の股・・・ 有島武郎 「小さき者へ」
・・・ 話は少しく岐路に入った、今再び立戻って笑わるべき僕が迷信の一例を語らねばならぬ。僕が横寺町の先生の宅にいた頃、「読売」に載すべき先生の原稿を、角の酒屋のポストに投入するのが日課だったことがある。原稿が一度なくなると復容易に稿を更め難い・・・ 泉鏡花 「おばけずきのいわれ少々と処女作」
・・・ 小暇を得て、修善寺に遊んだ、一――新聞記者は、暮春の雨に、三日ばかり降込められた、宿の出入りも番傘で、ただ垂籠めがちだった本意なさに、日限の帰路を、折から快晴した浦づたい。――「当修善寺から、口野浜、多比の浦、江の浦、獅子浜、馬込崎と・・・ 泉鏡花 「半島一奇抄」
・・・こうした場所と、身の上では、夜中よりも人目に立たない、静な日南の隙を計って、岐路をあれからすぐ、桂谷へ行くと、浄行寺と云う門徒宗が男の寺。……そこで宵の間に死ぬつもりで、対手の袂には、商ものの、と、懐中には小刀さえ用意していたと言うのである・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・ 場所は――前記のは、桂川を上る、大師の奥の院へ行く本道と、渓流を隔てた、川堤の岐路だった。これは新停車場へ向って、ずっと滝の末ともいおう、瀬の下で、大仁通いの街道を傍へ入って、田畝の中を、小路へ幾つか畝りつつ上った途中であった。 ・・・ 泉鏡花 「若菜のうち」
・・・この日も鷹見は、帰路にぜひ寄れと勧めますから、上田とともに三人連れ立って行って、夫人のお手料理としては少し上等すぎる馳走になって、酒も飲んで「あの時分」が始まりましたが、鷹見はもとの快活な調子で、「時に樋口という男はどうしたろう」と話が・・・ 国木田独歩 「あの時分」
・・・ そこでその夜、豊吉は片山の道場へ明日の準備のしのこりをかたづけにいって、帰路、突然方向を変えて大川の辺へ出たのであった。「髯」の墓に豊吉は腰をかけて月を仰いだ。「髯」は今の豊吉を知らない、豊吉は昔の「髯」の予言を知らない。 豊吉は・・・ 国木田独歩 「河霧」
・・・「その夜、門口まで送り、母なる人が一寸と上って茶を飲めと勧めたを辞し自宅へと帰路に就きましたが、或難い謎をかけられ、それを解くと自分の運命の悲痛が悉く了解りでもするといったような心持がして、決して比喩じゃアない、確にそういう心持がして、・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・ますます奥深く分け入れば村窮まりてただ渓流の水清く樹林の陰より走せ出ずるあるのみ。帰路夕陽野にみつ』 自分は以上のほかなお二、三編を読んだ。そしてこれを聴く小山よりもこれを読む自分の方が当時を回想する情に堪えなかった。 時は忽然とし・・・ 国木田独歩 「小春」
出典:青空文庫