・・・彼等は二人とも赤褌をしめた、筋骨の逞しい男だった。が、潮に濡れ光った姿はもの哀れと言うよりも見すぼらしかった。Nさんは彼等とすれ違う時、ちょっと彼等の挨拶に答え、「風呂にお出で」と声をかけたりした。「ああ言う商売もやり切れないな。」・・・ 芥川竜之介 「海のほとり」
・・・読む人々も、かくては筋骨逞しく、膝節手ふしもふしくれ立ちたる、がんまの娘を想像せずや。知らず、この方はあるいは画像などにて、南谿が目のあたり見て写しおける木像とは違えるならんか。その長刀持ちたるが姿なるなり。東遊記なるは相違あらじ。またあら・・・ 泉鏡花 「一景話題」
・・・』十、筋骨質。十一、かんなん汝を玉にせむ。一箇条つかんでノオトしている間に三十倍四十倍、百千ほども言葉を逃がす。S。」 月日。「前略。その後いよいよ御静養のことと思い安心しておりましたところ、風のたよりにきけば貴兄このごろ薬品注・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・やさ男どころか、或る神学者の説に依ると、筋骨たくましく堂々たる偉丈夫だったそうではないか。虫も殺さぬ大慈大悲のお釈迦さまだって、そのお若い頃、耶輸陀羅姫という美しいお姫さまをお妃に迎えたいばかりに、恋敵の五百人の若者たちと武技をきそい、誰も・・・ 太宰治 「花吹雪」
・・・次の瞬間もうそこにはないその瞬間の腕の曲線、頸の筋骨の隆起、跳躍の姿がとらえられる。だが、そのうちに、ダイナミックに自然法則はとらえられる。「風知草」はやわらかいクレパスで、暖かい色調の紅い線で描かれた人生の歴史的時機のクロッキーとも云える・・・ 宮本百合子 「解説(『風知草』)」
・・・あのような文学的発足をした谷崎氏にあってそうであるとすれば、その他の日本の代表的ブルジョア作家が、はたしてどの程度にインテリゲンチアとして今日の封建性に対する筋骨の剛さを実際力として備えているか、疑わしいと思う。 大宅氏は、『文芸』の論・・・ 宮本百合子 「冬を越す蕾」
・・・沈着で口数をきかぬ、筋骨逞しい叔父を見たばかりで、姉も弟も安堵の思をしたのである。「まだこっちではお許は出んかい」と、九郎右衛門は宇平に問うた。「はい。まだなんの御沙汰もございません。お役人方に伺いましたが、多分忌中だから御沙汰がな・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・ 一人は五十前後だろう、鬼髯が徒党を組んで左右へ立ち別かれ、眼の玉が金壺の内ぐるわに楯籠り、眉が八文字に陣を取り、唇が大土堤を厚く築いた体、それに身長が櫓の真似して、筋骨が暴馬から利足を取ッているあんばい、どうしても時世に恰好の人物、自・・・ 山田美妙 「武蔵野」
出典:青空文庫