・・・家風、主婦の心得、勤勉と節倹、交際、趣味、……」 たね子はがっかりして本を投げ出し、大きい樅の鏡台の前へ髪を結いに立って行った。が、洋食の食べかただけはどうしても気にかかってならなかった。…… その次の午後、夫はたね子の心配を見かね・・・ 芥川竜之介 「たね子の憂鬱」
・・・ なおこの土地に住んでいる人の中にも、永く住んでいる人、きわめて短い人、勤勉であった人、勤勉であることのできなかった人等の差別があるわけですが、それらを多少斟酌して、この際私からお礼をするつもりでいます。ただし、いったんこの土地を共有し・・・ 有島武郎 「小作人への告別」
・・・彼らはじつにその生涯の勤勉努力をもってしてもなおかつ三十円以上の月給を取ることが許されないのである。むろん彼らはそれに満足するはずがない。かくて日本には今「遊民」という不思議な階級が漸次その数を増しつつある。今やどんな僻村へ行っても三人か五・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・ユグノー党の人はいたるところに自由と熱信と勤勉とを運びました。英国においてはエリザベス女王のもとにその今や世界に冠たる製造業を起しました。その他、オランダにおいて、ドイツにおいて、多くの有利的事業は彼らによって起されました。旧き宗教を維持せ・・・ 内村鑑三 「デンマルク国の話」
・・・博士は、敬虔な生物学者に共通の博愛心から、「かわいそうにな、ありは、勤勉な虫だが、どういうものか、みんなにきらわれる。熱湯でもかければ、死ぬには死ぬが……」と、答えられたのです。「ありと蜂」の生活についてファーブルに比すべき研究のあった・・・ 小川未明 「近頃感じたこと」
・・・あの人の社には帝大出の人はほかに沢山いるわけではなし、また、あの人はひと一倍働き者で、遅刻も早引も欠席もしないで、いいえ、私がさせないで、勤勉につとめているのに、賞与までひとより少ないとはどうしたことであろうと、私は不思議でならなかったが、・・・ 織田作之助 「天衣無縫」
・・・それが近頃はおかしいくらい勤勉になって、ひとの二倍も三倍も仕事をしてけろりとしている。もとは售れぬ戯曲を二つか三つ書いていたようだったが、今は戯曲のほかに演出にも手を出す。舞台装置もする。映画の仕事もする。評論も書く。翻訳も試みる。その片手・・・ 織田作之助 「道」
・・・総てこれ等の苦々しい情は、これまで勤勉にして信用厚き小学教員、大河今蔵の心には起ったことはないので、ああ金銭が欲しいなアと思わず口に出して、熟と暗い森の奥を見つめた。 するとがやがやと男女打雑じって、ふざけながら上って来るものがある。・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・いやいやながら箸を取って二口三口食うや、卒然、僕は思った、ああこの飯はこの有為なる、勤勉なる、独立自活してみずから教育しつつある少年が、労働して儲けえた金で、心ばかりの馳走をしてくれる好意だ、それを何ぞやまずそうに食らうとは! 桂はここで三・・・ 国木田独歩 「非凡なる凡人」
・・・ 学術的、社会・経済的ないし職業専門的の書物にあっても、つとめて勤勉して読むことは、非常に必要である。現実の心得としては、おそらくさきに述べたような私の高等的忠言よりも、「読むべし、読むべし」と鞭撻すべきかもしれない。読みすぎることをお・・・ 倉田百三 「学生と読書」
出典:青空文庫